『社長、会社を継がせますか? 廃業しますか? ~誰も教えてくれなかったM&A、借金、後継者問題解決の極意~』
2020年秋に発売された奥村の本、第1章までを特別公開いたします。
なお、本文は最終原稿の前段階のものであるため、実際の本とは少々異なっているところがあります。
はじめに
「一度社長になったらやめられない。片道切符のようなもの」
中小企業の社長という立場について、私が漠然と抱いていたイメージです。
昨今、各地で起業支援が盛んにおこなわれています。上手くいった成功事例ばかりが強調される一方で、社長のやめ方、会社の終わらせ方は誰も教えてくれないようです。
とある著名な実業家は、サラリーマン向けの本の推薦コメントで「終身雇用は現代の奴隷制度」という言葉を残していました。しかし、それを言うならば、中小企業の社長こそが現代の奴隷なのでしょう……
人知れず世の中小企業の社長はずっと悩んでいます。困っています。
どうやって、会社を手放すことができるのか。いつになったら社長を辞められるのか。そして、その時まで会社の命運はもつのか……。
日本に400万社(※要確認)あると言われる中小企業の社長の平均年齢は60歳を超えています。すでにたくさんの会社が廃業をしていますが、それも氷山の一角。多くは出口の目途すら立てられずにいます。
2020年の新型コロナウィルス禍以降は、急激に会社の様子が変わり、早急な判断を求められるようになった社長も多いことでしょう。
世の中が激変している今、この問題をいかにクリアしていくかは今後の日本を大きく左右すると感じています。
中小企業の社長が、会社と自分自身の出口を上手に迎えられるようにならなければいけません。
思い起こすのは15年ほど前にお会いした女性のことです。
飄々とした雰囲気で、笑顔が明るい人でした。年齢は30代半ばだったことでしょう。
5人くらいの貿易業を営む小さな会社に務めていました。同社の血縁関係もない社長から「会社を継いでほしい」とお願いされているということでした。
本人は、やってみたい気もするけど、不安もあり、どうしたらいいかと悩んでいました。
それから3年くらいたった後、会社を継いだ彼女から会社の登記手続の相談がありました。
「奥村さんが言っていたように、社長になるということは片道切符でした。一度乗ったら戻れない電車でした。今になって身に染みています……」
女性社長となった彼女が、雑談の中で漏らしたセリフは覚えています。
最初に会ったときとは打って変わって、疲れている印象が強く残りました。無邪気だった笑顔に影が差していました。
会社を引き受けてからいろいろあったのかもしれません。
自分では覚えていませんでしたが、彼女にこんな話をしたそうです。
「一度社長になったらやめられない。片道切符のようなものだから、話を受けるならば、覚悟してならなければならない」
当時の私としては常識であり、自然とそんな言葉が口から出たのでしょう。
そう、あのときは常識だと思っていました。
でも、これからも常識であっていいのでしょうか。
なぜ、社長だけには、「一度社長になったらやめられない」がまかり通るのでしょうか。
ビジネスの世界のスピードが速くなり、浮き沈みも激しくなっています。会社の短命化は進んでいます。
雇用の世界では、従業員の立場ばかりが強くなっています。
なのに社長は、個人保証で借金にしばりつけられ、全責任を負わされる状況がいまでも事実上続いています。途中で方向転換をしたり、後戻りをすることは極めて困難です。
「社長なんだから、当然でしょ」とばかりに。
これだけ流動化が進む世界で、中小企業の社長という立場だけが固定化されて取り残されています。
私にはこれがアンバランスに思えてなりません。社長に酷です。
この問題は、地域経済において、新陳代謝を阻害する原因にもなっていると考えています。いらなくなった古いものが捨てられないため、新しいものが芽生えにくくなっています。
「社長でも、やめたくなったら会社をやめられる」
「その気になればまた社長に戻れる」
あるときから私は、こんな中小企業の社長の流動化の道を模索しはじめました。社長の働き方改革です。
10数年前の私は、司法書士事務所を経営し、10数名を雇用していました。
しかし、事務所を手放して生きなおしたいと考えるようになりました。
結果的には幸運が重なり、大きなダメージを負うことなく、経営の肩の荷を下ろすことができました
振り返ると本当に綱渡りでした。運に救ってもらえました。
本来はこれではいけません。計画的に、戦略的に、おわれるようにならなければ社長の流動化は進みません。
一方、私の祖父は最後に闇に落とされました。
祖父は家業を営んでいました。
本当ならば余裕で勝ち逃げできていたはずが、最後の最後で不祥事に端を発した大きなトラブルに陥り、全財産を失いました。一時は金庫を開けると10億円近い札束が積まれていたと聞いたことがあります。しかし、最後はお金も不動産も泡のように消え去り、悲しい晩年となりました。
終わりの場面の失敗は許されません。祖父のような社長の姿はもう見たくありません。
自分の体験と祖父の事件を経て、私は“社長のおわり方”にこだわるようになりました。
社長が、社長をやめることができるようにすること。社長が、会社を手放せるようになること。
この道を作ることが、いつからか私の使命となりました。
方法論は自分で確立しなければいけません。どの本を読んでも、誰の話を聞いても、部分的な論点であったり、本質を外している気がしました。
私は愚直に社長の声を聞きはじめることからはじめました。
ひたすら社長の相談を受け、どうすればいいか一緒に考え続けました。声さえかかれば北海道から沖縄まで足を運びました。採算なんて度返しです。
その数は、800社を超えました。
現場での相談や支援を積み重ね、ようやくかたちのようなものが見えてきました。
この本はそんな現場の知恵を体系化したものです。私の活動の集大成です。
「会社の手放し方と社長のやめ方のバイブル」となる一冊をお届けします。
第1章 廃業視点のススメ ~事業承継“困難期”の社長のための新たな戦略
-
「廃業」と向き合えばすべてが上手くいく
「廃業を基準にすれば会社をうまく手放せる」
いきなりこの本の種明かしをしてしまいましょう。
『中小企業の出口問題』に対する本書の提案です。
会社を廃業させる。
社長を誰かと交代する。
会社を売却する。
これらの会社、または社長のおわりの場面を、本書では『中小企業の出口』という言葉にまとめさせてもらいます。
そして、出口の基準にすべき『廃業』というキーワードの裏には「自らの意思で潔く撤退する」という信念があります。
会社の出口の付近には、見境なくアクセルを踏み込んで周囲も巻き込んで玉砕するケースもあれば、疲弊し続けながらいつまでもおわれないケースもあります。対比していただけると、この意味合いをお伝えできるはずです。
事業承継デザイナーを名乗り活動する私のところには、中小企業の出口におけるありとあらゆる相談が寄せられています。
「稼げないし、後継者もいないから会社をたたもうかと思っている」
「会社を売りたいんだけど、値段が折り合わずに売れなかった」
「子供たちが社内にいるけれど、兄弟どちらを社長にすればいいのか」
「ある従業員を社長にするつもりだが、どう話を進めていいかわらない」
「社長である自分に何かがあったとき、のこされた妻のことが心配」
これらはあくまで一例であり、まだまだ様々なケースがありました。
ちまたには自分が社長をやめたときのことなんて微塵も考えようとしない人もいます。
でも、私のところに相談にする社長は、どうにかしようと考えてくださっています。この本を手に取ってくだささっているあなたも、今まさに会社の今後について悩んでいらっしゃるのではないでしょうか。
そんな社長の気持ちを別のかたちで表せば「会社を上手く着地させたい」という表現になるのではないでしょうか。
どのケースも深刻であり、簡単なものどれひとつありません。問題の内容こそ会社ごとに異なりますが、この点は共通しています。
会社の出口は、とても、とても、大きな影響をもたらす問題でもあります。
その後の会社をどうするか。それは会社の生き死にを決める話です。会社には多くの人が関係しているため、上手くクリアできるか否かが、必然的に大きな影響を与えます。
社長個人にとっても同様です。
中小企業の場合、会社は社長個人と密接にリンクしています。読者の社長の中には、「会社が人生そのもの」という方だっていらっしゃるでしょう。会社の出口問題の成否が、社長の人生を大きく左右することになります。
これまでたくさんの廃業や事業承継等の場面と出会い、社長たちと一緒に「どうすればいいか」と考え抜いてきました。いかにすればこの難しく、かつ重要な中小企業の出口問題を乗り越えられるのか。
ここで私が見出したポイントが『廃業』です。
「廃業だと!? ふざけるな!」
廃業という言葉を聞いただけで強い抵抗感を覚える方がいらっしゃるかもしれません。
でも、少々お待ちください。なにも「今すぐに廃業してください」と申しているのではありません。
おわりに向き合い、廃業という着地点を視野に取り入れて出口問題に取り組むスタイルを提唱したいのです。
廃業視点ともいうべきものさしが、中小企業の出口問題を解決することにつながります。しかし、それはあくまでものの見方、考え方であり、実際の結末をどうするかはまた別の話です。
私からの提案の具体的な中身は次章以下にまわすとして、まずは中小企業の出口の状況がどのようになっているか、リアルなところをみなさんと一緒にのぞいてみたいと思います。
-
たしかに後継者不在による廃業は増えているが……
『大廃業時代』
この言葉を聞いたことがある方も多いでしょう。私が2019年にNHKスペシャルから取材を受けたときのテーマもこれでした。
中小企業で廃業が増えているという表現ですが、数字を見ると実際廃業は増えています。
日本全国の会社数は 社。そのほとんどが中小企業です。そのうち年間 社が廃業しているという統計が出ています。2025年には 万社になっているという見立てもあるようです。
廃業が増えている状況に対して、経済や雇用の観点から「これは大変だ」と国をあげて騒ぎ出しているのが現在です。
会社の出口に頭を悩ませているのは、あなたの会社だけではありません。
廃業が増えている原因については「後継者がいないため」と結論付けられています。
たしかに間違いはないでしょう。誰か継ぐ人がいたのならば会社を廃業する必要はなかったのですから。
ただ、この論調に私は違和感があります。
きわめて単純化された見方がされており、後継者がいないんだったら、後継者を見つければいいだけ、という結論になってしまいそうな不安があります。
中小企業の現場を知れば、そんな簡単な問題ではないと否が応でも気づかされます。
後継者がいないのは、それなりの理由がいないのです。なぜ中小企業の後継者がいないのか。さらには、会社経営はどんなじょうきょうになっているのか。ここまで踏み込まなければ、この問題は改善はできないでしょう。
-
廃業と倒産は全然違う
廃業と似た言葉に「倒産」があります。
実は、廃業は増えていますが、逆に倒産は減っています。
廃業と倒産は、会社の終末という面では兄弟のような言葉です。一般の方からすると、どちらもほとんど同じ意味なのかもしれません。
しかし、現場で助言をしたり作戦を企画している身としては、廃業と倒産では天と地ほどの差があります。
今後の議論のためにも、この二つの差は意識しておいてください。
廃業と倒産は、法律用語でもないため、言葉の定義にはあやふやな面があります。この本の中では、ニュアンスやイメージで定義を分けさせていただきます。
廃業は、社長が会社を「自主的に」たたむこととします。積極的な撤退という意味あいがあります。
一方の倒産は、追い込まれて「強制的に」つぶされるケースをイメージとしてください。
飛行機で例えるならば、未来を見据えてあえて着地の判断をすることが廃業。一方で、無理に飛び続けようとして墜落してしまうのが倒産です。ちなみにこの例えにのっとれば、身内に社長を交代する事業承継は、飛び続けながら操縦士が交代するパターンとなります。
飛行機が無理に飛び続けて墜落すれば、たくさんの死傷者が出てしまいます。おなじように、会社も無理をして倒産をすれば取引先や従業員、顧客等に多大なる損害を与えてしまいます。
逆に、着地の仕方を自分でコントロールすれば与える損害を軽減したり、回避することができます。
うまく着地させられるか、墜落させてしまうか。その功罪はダイレクトに社長個人にも返ってきます。
同じ会社の終わりでも、現場レベルでは、廃業か倒産かで大きな差となることはおわかりただたけたでしょうか。
なお、明確に廃業と倒産の線引きができない面があることもご承知ください。
実質的には倒産と言っていいほどの下手な廃業をしている会社があります。逆に、上手に状況をコントロールしながら意図的に倒産(たとえば自己破産の申し立て)をしているケースもあります。
ここでの最後に、倒産が減った理由を考えてみましょう。
・銀行が借金の返済猶予を認めてくれるようになった
・積極的に投資する会社が減った
・手形決済をやめるケースが増えた……など
おそらく、このあたりです。
特に返済猶予の緩和のおかげで、このところ中小企業が延命しやすい状況が続いてきました。本来の資本主義の原理原則からすれば、退場させられていたはずの会社がたくさんフィールドに残っている状況となっています。このあたりの風向きは、だんだんと変わりそうな雰囲気があります。
-
大廃業時代の何が問題なの?
廃業が増えているということ自体については、私は個人的に特段悪いことだと考えていません。(詳しくは第2章以降で)
社長たちが適切なおわり方を求めて動き、その結果たまたま廃業が増えたのならば仕方がない結果なのです。
調整原理が働くのが資本主義のはずです。
ある事業で雇用が失われても、他の事業に雇用は移るものでしょう。また、一つの会社がなくなっても、別のところで新たな会社が生まれるものだとも思います。風通しが良い環境さえあれば、適正な新陳代謝が生まれるものではないでしょうか。こうして社会の変化に対応していくシステムであるはずです。
ただ、中小企業の出口の現場に目をむけると、このシステムがうまく機能していません。適正な新陳代謝が進んでいません。
なぜなら、中小企業の出口を担っている社長たちが必要な準備や行動をできていないのです。
「(本来出口に向けて進んでいなければいけない状況なのに)停滞してしまっている会社や社長が大量にいる」
これこそが、私が考える大廃業時代の本当の問題です。
最前線で仕事をしている私は、上手に会社を手放せていないことを知っています。なお、すでに廃業している会社であっても「もっと上手なやりようがあった」と思われるケースはかなりあります。
出口を必要としている会社や社長がまだまだ大量に控えています。廃業として数字に表れているのは氷山の一角です。
万社ある中小企業の社長の平均年齢が 歳であることを考えれば、出口問題に向き合わなければいけない会社が相当数あることがわかります。
社長は自社ならびに自身の出口に向き合い、次のかたちに向けて準備し、行動を起こしていなければいけません。しかし、ほとんどが何もしないで、また何もできないで、留まってしまっているのです。
社長たちの停滞は中小企業の出口問題の失敗に直結します。地域経済を担う中小企業なので、出口の失敗は大きな損害を与えることになるのは必須です。
経済的な政策等では、廃業を減らすことを目的とした企画をつくろうとするケースをよく見聞きします。しかしその方向を目指してしまうと、前にも後にも進めないで停滞する会社が今にもまして増えるだけでしょう。経営環境の風通しは悪くなるし、地域経済の活性化は遠のきます。
引退時期を迎えた社長たちにしっかりキャリアをしめくくってもらうことこそが大切です。廃業か承継かというおわりのかたちは問いません。
社長が上手に会社を手放せることが、大きな損害を回避し、できるだけ価値を世に残すことにつながるはずです。
-
事業承継って相続税の話なの?
「黒字の会社が廃業で無くなってはもったいない」
事業承継問題をめぐる議論ではいつでも語られる常套句です。
中小企業の経営現場を知る方は、この言葉に違和感がありませんか。
実際にはたしかにこんなケースもあるのでしょう。
技術力があって、収益力もあった。でも、後継者が見当たらないため会社をたたまざるを得なかった……と。
しかし、ごく稀なパターンです。
特殊な事例をあたかも一般的なのケースとされては、話がおかしくなってしまいます。
利益は出ないし、借金も多い。
こちらの会社のほうが中小企業のオーソドックスな状況です。統計では「廃業した会社の6割は年間の収支が黒字だった※要確認」というものがあると聞いたことがありますが、正直眉唾です。純粋に黒字だったのではなく、作為的に黒字にしている場合がかなりあるのではないでしょうか。
社長自らがオーナーでもある中小企業ならば、黒字にするために手を加えることができます。そして、黒字でないと融資や入札の件で支障をきたすケースがあるため、無理やりにでも数字を黒字にしようとする会社がかなりあるはずです。
私がまだまだ実績も知名度も乏しかったときには、商工会議所や経営支援機関などにセミナー講師をやらせていただけないかと、企画を持ち込んだこともありました。もちろんテーマは事業承継などの中小企業の出口問題です。その際、先方から「事業承継についてはもうセミナーを開催しているから無理だよ」と門前払いをされることがよくありました。
私が提供できる話を他の講師がすでにされているのでは仕方ありません。 しかし、このようなケースで話されていたものは私が伝えようとしていることはまったく別のものでした。
多くは、事業承継セミナーと称し、税理士が壇上にあがり、「中小企業の社長の相続のときの税金は大変ですよ」という話がされていました。
これまでの稼ぎや資産の積み重ねが株式の価値に反映され、結果、相続税が高くなるという理屈です。株価の計算方法も一緒に解説するのがひとつのパターンでしょう。
相続税が大変になるケースは確かにあります。
でも、これまた一部の会社のみに該当する話なのです。
相続税に頭を悩ませなければいけないくらい恵まれた資産をもっている会社ばかりではありません。こういうセミナーに参加したら「あれ、俺には関係のない話だ」とすぐに心が離れ、株価の計算の説明を子守唄としてお昼寝タイムを過ごした社長もいらっしゃることでしょう。
事業承継はどの会社でも問題になるものです。なのに、その対象範囲は暗に一部の優良な会社に限定されているケースは珍しくありません。
そこから漏れてしまっている会社はどうしたらいいのでしょうか。利益が出ていない会社も、借金が積み重なった会社もあります。こんな会社でも上手に着地をしなければなりません。
ついでに言わせていただくと、事業承継については税金や法律、補助金などの枝葉のテーマばかりに話が終始する傾向もあります。
私たちには、もっと本質的な、すべての社長に共通する考え方やセオリーが求められているような気がしてなりません。
一部の特殊なケースや部分的な議論は一旦脇に置いて、私たちは着実かつしたたかに自分なりの出口を作っていきましょう。
-
稼げない、会社を継ぎたがらない……世界はすでには変わっている
「昔はいくらでも仕事が降ってきて儲かりましたよ。だから会社でクルーザー持っててね。仲間と昼間から船の上で酒飲んで、それは楽しかったなぁ」
過去を懐かしんで顔をほころばせる社長。
しかし、業績はもう瀕死の状況。赤字が続いているし、資金繰りを工面しようにももう銀行もお金を貸してくれません。この世の春を謳歌していたときには、こんな状況がやってくるとは夢にも思わなかったでしょう。
ビジネスの世界の環境は早く、大きく変わってしまいました。ここでいちいち例を挙げるまでもないでしょう。
これからもどんどん変化していくはずです。
人々のライフスタイルや価値観も変わりました。
こちらは同じ商品やサービスを提供し続けているのに、顧客のほうが変わってしまったというケースもあります。
後継者問題でもそう。
むかしは、子供が親の家業を継ぐのが当然でした。しかし今は、「サラリーマンや公務員のほうが安定していて、土日も休めていい」とか。
従業員に継がせる場合でも同様です。
かつてならば会社の社長になれるなんて夢のような話だったはず。なりたくてもなれない高嶺の花だったのでしょう。
しかし今となっては、「会社継ぐ気あるか?」と問えば、「いえ、給料は払うより貰うほうがいいので、遠慮させていただきます」と。
世の中全体が安定志向になり、リスクを嫌う傾向になってしまっています。
中小企業が置かれている世界は動き、変わっています。
その出口を担う私たちも、変わらざるを得ません。柔軟に対応していかなければいけません。
-
M&Aはみんなを救わない
ちまたの事業承継ガイドのようなものを読むと「後継者が社内にいなければM&Aです」と書かれています。
これも鵜呑みにしてはいけない話だと思っています。
後継者がいない会社は、はたして他社に買ってもらえる可能性はどれほどあるでしょうか。「継ぎたい」と思ってもらえない会社です。
冷静になって考えてみると、そんなに可能性が高い話ではない気がしませんか。
でも、関連業者は売り込んできます。
「M&Aでハッピーリタイアなんて最高ですよ!」と。
彼らのビジネスモデルはとにかく案件をいっぱい集めて、売れるところから売ればいいというものです。全部の会社を救う必要はありません。語弊がありますが、良い話だけをしていればいいのです。
私たちとしては、こんな相手の本音も意識しつつ、あくまで一つのツールとしてM&Aには接したいところです。
過度な期待をすべきはありません。「最悪会社は売ればいいんだろ」なんて甘く見るなんてとんでもない。まったくもって最悪でなんかありません。もしお金を出して買ってもらえたならば、経営者として誉れと思ってもいいでしょう。M&Aという出口を望んだところで売れない会社はたくさんあります。
最近の私の相談事例では、M&Aで買い手を探したけれど売れなかったというケースが増加傾向にあります。
M&Aについて中小企業の出口として否定はしません。売っておわれるのは、きれいな終焉です。
しかし、どの会社でも救ってくれる魔法のように思うことには警鐘をならします。
最近では、経営指導やサポートを行う公的な立場の機関などまで、この「後継者がいなければM&A」という単純な論調に乗っかってしまっている感があります。そんな甘いものでじゃありません。
もし上手く買ってもらえたらラッキー(だからチャレンジする価値はある)。しかし、成功しない可能性も高いからダメだったときを十分想定しておく。
社長には、これくらいのスタンスでM&Aに接していただきたいところです。
-
最後までお山の大将たれ
M&Aをはじめとする承継至上主義ともいえる立場をとる人が増えてきた感じがしています。「とにかく廃業はダメだ」と。とくに、現場をさして知らないのに、事業承継等に関わるようになった人に多いようです。
「ウチは廃業してはダメなんでしょうか?」
ホテルのラウンジで、都内で仕事をしているある社長から相談をもちかけられたことがあります。
会社は利益が出ているし、ルーティーンの業務なので売上も安定しています。
ただ、社長としては将来の雇用確保に不安を感じています。会社存続のためにM&Aでどこかに引き取ってもらうことへの抵抗感もあります。別にこれ以上お金を追いかけることもしたくなりから、自分の手で会社に終止符を打って終わらせたいと願っているのでした。
こんな相談を顧問税理士にしたら「もったいない。どうかしている」と批判されたそうです。また、銀行の担当者と話をしたときも「M&Aしましょうよ!」と。
とにかく誰に相談しても、会社を続けることか、少なくとも他社へ譲ることを強要されます。なお、相談した面々は、会社が続いたほうが何かしらの利益を得られる人たちだということは指摘しておきましょう。
誰の話を聞いても腑に落ちず、私のところに声をかけてきてくれたそうです。誰も自分の気持ちを分かってくれないと、落胆されていました。
この手の相談がきたとき、私の回答はだいたい決まっています。
「好きなようにしたらどうですか」
突き放しているようですが、こうとしか言えないのです。
意思決定の補助はできますし、決めた方向性のゴールまでガイドすることもできます。しかし、意思決定そのものは社長にしかできません。
外部の人材である私に、続けろとか、止めろという権利はありません。あなたの人生について責任を持つことまではできないのですから。
自分が進みたいと思う方向に決断していただくしかありません。
もちろん私の中には個人的な価値観があります。できることなら事業を世の中のために残してもらいたいと思います。しかし、個人の価値観を強要するようなことはされたくないのと同様に、相手にもしないようにしています。
社長たるもの自分の道は自分で決めるしかありません。たとえそれが間違った道だったとしても、自分でその責任を負う生き方を選んだはずです。
結局、どの道を選んだほうがよかったかなんて、後になってみなければわかりません。もしかしたら、ずっと正解は分からないのかもしれませんね。
だから納得して進んでいくことが何より大切だと考えます。
世間体などを気にして不本意な選択をしたら、どこかで後悔することになるだけでしょう。主人公たる社長の本心が伴っていなければ、やり遂げるためのエネルギーだって欠けてしまいます。
中小企業の社長をしてきたあなたは、本来、頑固で自分勝手な人ではないでしょうか。好き勝手やって生きてきた方がほとんどのはずです。そうでなければ、会社をここまで引っ張ってこれてはいないでしょう。
お山の大将として、最後の場面もわがままを通していいのではありませんか。いや、最後だからこそわがままを通してもらいたいと願います。
-
「未決断には天罰」の法則
M&Aなのか廃業なのかという出口のかたちが問題なのではなりません。社長自らがしっかり決断し、進んでいくことこそが大切なのです。
決断を避け、問題を棚上げしてやり過ごしたとしても、たいていは時間と気力を無駄に浪費しまうだけです。
決断をしないと、不思議と嫌なことが起きてしまいます。
会社をたたむという話であったり、社長の椅子を次に譲るという話であったり。きっちり決断をしなければいけない場面にさしかかっているとします。社長本人もそれは分かっています。
でも……。
面倒くさくなったり、未練がましくなったりで決断をさきのばしにすると、そこで何故かトラブルを引き寄せてしまうことが多くあります。従業員が不正をしたり、現場で事故が起きたり、と。
一度は断固として会社をたたむ方向に気持ちが傾いたのに、新しい仕事の話が舞い込んできたため決断を先伸ばした建築会社の社長がいまいた。やっぱり、仕事もお金も好きなのです。
しかし、その仕事のさ中、現場の作業員が大きな怪我を負ってしまう事故が起きてしまいました。
個人的にも苦い思い出があります。
少々不動産大家業にも手を出していたのですが、なんとなく手を引かなければいけないと感じる賃貸物件がありました。しかし、仕事も忙しいこともあり売却に手を付けないまま放置をしてしまっていたのです。家賃は入ってきていたのも決着をつけない要因だったのでしょう。
すると。めったにやってこないレベルの台風に見舞われました。
私の物件は瓦屋根をまき散らし、周囲の住宅に損害を与えてしまいました。その中には少々ややこしい方が住んでいらっしゃる家もあり、ご近所トラブルにも発展……。
「あぁ、さっさと売っておけばよかった」と泣き言を漏らしながら対応に追われました。
あたかも覚悟がなかったり、後ろ向きな気持ちで事業に臨む姿勢を神様から戒められているような気さえします。
逆に、結果が良かったお客様もいらっしゃいました。
貿易の仕事をしていた会社でしたが、社長はさんざん悩みながらも自らの手で廃業させることを決断。その報告を海外の協力工場にすると
「そうでしたか。実はうちの工場も閉鎖することが決まっていて……」と。
しかも2つあった主な協力工場の両方が同じタイミングで閉鎖を決めていたそうです。
もし決断をしないでダラダラと続けていたら、国内の顧客への供給責任を問われ窮地に立たされていただろうと社長は語っていました。
こちらの場合はちゃんと決断した姿勢を、神様が評価してくれたような気がします。
本当に科学的根拠もないスピリチュアルな話で恐縮ですが、こういう傾向はたしかにあると確信しています。
自分でしっかり決断することが大切です。
「ちゃんとケジメをつけろよ」と、神さまは言っています。
-
事業承継の専門家はいない
多くの社長が出口の前で立ち止まってしまっていることが、昨今の中小企業における一番の問題です。おわり方を良きものにできるか否かで、次の社会の様子は大きく変わってしまうような気がしています。
誰かが水先案内人となって導ければいいのですが、専門家等はどうも十分に機能していないようです。ミスマッチが起きています。
なお、この問題については「社長が聞く耳を持ってくれない」という声も周囲からあがっていますので、それは先にお伝えしておきましょう。
さて、専門家のお話です。
資格を持つ○○士をはじめとする専門家は、知識や情報、技術の提供を自分の役割と認識している場合が多いでしょう。しかし、事業承継等の中小企業の出口問題については、それ以前の気持ちの整理や判断の時点で引っかかっている場合がたくさんあります。
たとえば「心情的には長男を社長にしたいのだが、次男のほうが人望はあるし…‥‥」と社長が悩んでいたとします。この悩みに対して、知識等提供型の仕事スタイルでは対応できません。
(だからといって、「やっぱり後継者には年長者を立てるべきですよ」と、思いつきで軽はずみに答えるような人間はもっと迷惑な存在だったりしますが)
社長は、知識の提供ではなく、一緒に考えてくれる人、思考を整理してくれる人を求めていたりします。対する専門家と称される人は、自分が求められていることを捉えられていない場合があります。
ここにミスマッチが生じています。
別のミスマッチもあります。
専門家は断片的に情報を提供するということです。全体像を見据えたうえで必要な情報を提供してくれるのではありません。すると最初から枝葉の話に終始して、本質的な議論が進まなかったりしがちです。
通常、依頼主たる社長にとって、会社の出口ははじめて経験する場面です。全体像が見えているわけではないのですから、断片的な情報ばかりを投げられても整理はできません。
ミスマッチはなぜ起きるのか。
会社の出口問題についての専門家はいないためです。
仮に専門家(または専門業者)を名乗っていたとしても、ふたを開ければM&Aの仲介をしている業者とか、税務上の株価を計算する税理士とか、部分的な役割をだけを担っているケースばかりだったりします。
会社の出口問題には、法律や財務、税金の話が関わります。さらにはマーケティングなどの経営に関する話も加われば相続や不動産にも話が及びます。しかし、従来の資格制度は縦割りにできているため、その職能だけではカバーしきれない面が出て当然です。
あなたには、この傾向を知っておいてもらいたいところです。資格の看板だけで判断してしまうと思わぬ痛い思いをしかねません。
現状では、中小企業の出口問題の全体像を視野に入れて、社長の参謀やガイド役を果たしてくれる人はほとんどいないと思われます。
本書がみなさまの水先案内人となるべく、出口にむけた土台となる考え方や心得をお届けできることを願っています。
-
社長が亡くなった⁉ そのとき会社は……
中小企業の出口には、会社を誰かに継がせるのか(売るのか)、もしくは、たたむのか。これくらいのパターンしかないとあなたは思っているかもしれません。
しかし、社長の相続発生というパターンの出口もあります。
「社長が急に亡くなりました。取引先の支払いができません。どうしたらいいのでしょうか。私たちの給料も払ってもらえていません」
こんな切羽詰まった相談がよせられることも結構あります。会社を手放す前に社長の命が尽きてしまったということです。
未来の会社の出口を検討する際には、相続発生も十分起こり得ることだと警戒をしておいていただきたいところです。
社長が急死するパターンの場合、より悲惨な状況を招きやすいものとなっています。会社が操縦士たる社長によるコントロールを失ってしまうのですから当然と言えば当然でしょう。
中小企業の場合、社長自らが株主であり、相続手続きの流れ次第では次の社長を選べない状況になることもあります。
業務面で社長しかわからないこと、できないことがあって、社長の死亡により会社の機能がマヒしてしまうケースもあります。
会社の借金の連帯保証があるので、うっかり亡き社長を相続をした家族が会社の借金を肩代わりさせられて苦しんだケースもありました。
相続でむかえる会社の出口は褒められたものではありません。社長には、あくまでご自身の目の黒いうちに決着をつけていただきたい事柄です。
社長の相続まで会社の出口問題を引きずってしまうと、解決の難度が格段に高まり、損害をまき散らすことになりがちです。
会社はデリケートな生き物です。しっかり操縦できるうちに決着をつけることが原則です。
しかし、神様の意地悪によって、社長が在任中に相続が起きてしまう可能性はあります。運命に私たち人間には抗えません。
できることといえば、相続が起きることまで意識し、十分に対策を講じておくことだけです。
-
『廃業』がうまく切り抜けるためのキーワードに
第一章はここまでです。
会社の出口問題をめぐる状況から、私が現場の仕事で気づいたことや得た教訓のようなものをご紹介させていただきました。
繰り返しになりますが、会社の出口は超重要な課題です。そして、とにかく難しいテーマでもあります。
一方で、出口に起きる問題はあらかた予想がつくので、十分な対策を講じ、決着をつけることが可能です。
また、会社の出口は100%やってくる未来でもあります。だから「せっかく対策をしたのに無駄になった」となることはありません。
確実に起きるうえ、とても影響は大きい。こんな課題についての対策なので、コストパフォーマンスは抜群ですね。
「俺、はじめて社長らしい仕事をしている気がする」
かつての顧客の社長は、廃業に取り組みながらこんな感想を漏らしました。
会社を続けるのか、たたむのか。
社長を他者へ譲るのか。
これ以上に重たい経営判断はありません。
判断を実行することになれば、しんがりという大役が待っています。
難しさといい、影響の大きさといい、まさに『社長の仕事』なのでしょう。
会社の出口問題の解決という難敵を前に、私たちはいかに立ち振舞えばいいのか。
まずベースとなる考え方について、次章でお伝えいたします。
キーワードは『廃業』です。
※2章以降もお読みいただける場合は、こちらから本をご購入願います