不動産の清算処理について
廃業を決定し、会社の清算活動に入ります。
その際、所有する本社や、会社名義になっていた自宅などはどう処理すればいいか。
清算時における会社名義の不動産の処分について検討してみます。
通常の廃業・清算の不動産処理
まず、普通に売却できる状態のケースを考察します。
銀行の担保等の問題がなく、清算したときに借金が残らないケースを想定しています。
会社で不動産を持っていたら、清算を終わらせるためにはそれを処分する必要があります。
会社が資産を保有している限り、会社を完全にたたむことができないためです。
ただし、清算中の会社だろうと、売却のやり方は普通のの不動産売買と変わりません。
買主を探し、見つかれば法人が売主となって契約等を行います。
あえて注意点をあげれば、売り急がないことでしょうか。
不動産という大きな資産なので、通常でも売却に時間がかかる場合がよくあります。
さらに、工場やオフィスなどの特殊な物件となればなおさらでしょう。
売却を焦ると、足元を見られてしまう恐れがあります。
会社の清算をしていると「次の決算期を迎える前に、会社をたたみ終えてしまいたい」という気持ちになりがちです。
清算中でも、毎年、税務署に決算申告をしなければならないのです。
このあたりは、ジレンマが生じやすいところです。
社長が土地や建物を買い取ることができるか?
会社所有の不動産は廃業のために売却する必要がありますが、その売り先は社長でもいいのでしょうか。
「資産価値が上がりそうだからまだ手放したくない」
「会社名義の家に自分が住んでいるから他に売れない」
こんな要望がある場合だってあるでしょう。
結論としては、不動産の処分において、社長が買い取ることは可能です。
自社の社長だからと除外されることはありません。
ただ気にしていただきたいポイントがいくつかあります。
不動産売買価格の問題
一つに、取引を自分で操作できる立場だからと言って、やりたい放題やると後に問題になることがあります。
たとえば、変に安い価格で売買すれば税金上の問題となる恐れがあります。
株主が他にもいる会社ならば、不動産を安く売られるということは、自分が受け取れる残余財産が減少することになります。
敵対することになりかねません。
もし、債権者がまだ残っているケースであれば「不動産の処分価格が安すぎる!」と、クレームがつくことだってあり得ます。
鑑定や査定などで価格根拠を押さえたうえで、時価によって売買することを原則とすべきでしょう。
不動産移転コストの問題
もう一つ考えていただきたいのは、不動産の移転コストの問題です。
不動産の名義を移すには、登記の印紙代や不動産取得税などのコストがそれなりに必要となります。
本当に、そこまでしても個人に名義を変えたほうがいいのか疑問を感じさせる場合もあります。
ときには、会社はそのまま残し、法人に不動産を持たせ続けたほうがトータルの費用は少なくなるかもしれません。
この段階まで廃業手続きが進んでいるのであれば、本業はすでに終了していると思われます。
冷静に考えれば、そんなに急いで会社を消滅させる必要がないというケースも多々あります。
不動産売却に伴う税金問題に要注意
税金の話は少し触れましたが、改めて考えてみましょう。
過去の私のお客様には、「このまま普通に不動産を売って会社を清算すると、手元にお金が全然残らない」というケースがありました。
ここでは仮の名で、会社をK社、社長はキヨシ社長としましょう。
K社は、キヨシ社長で3代目だ。
板金工場を営んでいたが、売り上げは下がり、後継者もいないため廃業を決断した。
すでに従業員の解雇等はおわり、後は工場などを売却すれば会社をたたむことができる。
しかし、工場を売却すると、利益が生じ多額の税金がかかることを指摘された。
また不動産売却後、そのお金を株主であるキヨシ社長に分配すると、そこでも税金がかかるらしい。
これでは税金ばかりとられ、結局手元にお金が残らない・・・
不動産売却益
K社は、いまだに開発が進んでいる住宅地の中にありました。
初代が会社をはじめたころは、野原が広がる田舎でした。
ところが開発が進み、それに伴い地価は当時とは比べようもないほどに値上がりしていたのです。
土地の値段は、会社の帳簿上800万円で計上されています。
会社が土地を購入したときの金額です。
しかし、現実には、1億円近い金額で売れる土地でした。
もし、普通に売れば、単純計算で約9000万円の利益が出ます。
この年の決算では大きな利益が生じ、結果、多額の税金を納めることが必要となります。
これが不動産の売却益が出る場合の、税金上の問題です。
株主への残余財産の分配
もう一つの問題は、株主への残余財産の分配です。
会社にお金が残れば、清算時にそのお金を株主に分配することになります。
この事例で言えば、株主でもあるキヨシ社長に残金が支払われます。
しかしこのケースでは、キヨシ社長は残余財産の分配でも利益を得るため、やはりここでも課税が生じてしまいます。
たとえば、初代がK社を1000万円の資本金で設立したとします。
その株式は相続を繰り返し、キヨシ社長のものとなっています。
時は流れ、会社を清算することになったK社には、1億円が残ることになります。
この1億円は、株主に分配されるべきものです。
しかし普通に清算作業を進めると、キヨシ社長に大きな利益が生まれます。
要は、1000万円だった株式が、最終的に1億円に値上がりしたのと同じようなことになるためです。
細かい税金の計算方法には踏み込みませんが、不動産売却時と、残余財産の分配時に大きな課税が発生する場合があることはお分かりいただけたでしょうか。
社長が退職金をとる
税金を減らしたい、こう考える方が大半でしょう。
その方法を検討してみます。
まず考えられるのが、社長が役員退職金を取ることです。
退職金を取れば、その期に会社の経費が生じます。
不動産売却で利益が生じるときに、退職金の経費を計上することができれば、相殺することができます。
また、退職金を社長がとれば、最終的に会社に残る金銭が減ることにもなります。
株主へ分配する残余財産の額を減らせることができるのです。
社長が取る役員退職金への課税率は、比較的低くなっています。
社長が株主でもある場合、基本的に、株主として会社からお金を受け取るより、できるだけ退職金の名目で受け取るほうが手元に多くのお金を残せることになります。
なお、税務上、退職金として支給して問題ない範囲については、限度があります。
在籍年数や退職前の役員報酬等を加味して計算されます。
そのため、好きなだけ役員報酬を取っていい、ということにはならない点、ご留意ください。
不動産賃貸業に転じる
本業の部分は幕を閉じても、会社を賃貸会社に転業してしまうこともできます。
たとえば、アパートやテナント事業、駐車場の運営などです。
私の過去のお客さんの中にはは、自社で使っていた倉庫を他に貸し出すことで、不動産大家業となったケースもあります。
「多額の税金を納めてまで、無理に不動産を売ることはないな・・・」
このように考えるならば、不動産を残したまま賃貸するのもありでしょう。
会社はそのままなので、不動産の名義変更もいらないし、廃業届も不要です。
もちろん賃貸業が楽に成功できるとは言えません。
オーナーとしての借り手に対する義務などもあります。
やるからには、リスクと勝機をしっかり見極めていただきたいところです。
会社ごと売る
不動産を売って廃業すると多額の税金が生じる。
この場面の最後の案は、会社ごと売る、です。
事業は止めて、不動産を所有するだけになった会社。
これを、不動産ではなく、不動産を所有する会社ごと売ってしまうという発想です。
そのため、売買対象は、自社の株式となります。
不動産M&Aなどとも呼ばれる手法ですが、うまくいけば税務上のメリットはとても大きくなります。
株式売買によって得られた利益に対して、約2割の税金を納めれれば済むことになるためです。
しかも、売り手としたら会社ごと引き渡せるので、それ以上の清算業務などを自分で行う必要から逃れられます。
不動産の移転コスト(不動産登記費用や不動産取得税)もかからないので、買主にとってもメリットがあります。
ただしこの不動産M&A、なかなか難しい面もあります。
買い手からからすると、話が複雑になるので、あまり乗り気になれません。
会社内にどんなものが隠れているのかも不安になります。
(たとえば、隠れた負債はないか、とか)
税金問題が複雑になり、売買代金の出し方も難しくなります。
不動産所有期間が短い場合は、課税上不利になったり。
そもそも、会社ごと買ってくれるような相手を探すこと方法が見つからなかったり・・・
理屈上はメリットがありますが、いざやろうとすると実現は難しかったりしがちな方法です。
借金が残る清算のときの不動産処分ならば?
ここからは一転、「借金が残ってしまう場合」の廃業の話です。
資産を売却し、そのお金を返済に回しても借金が残ってしまうとどうなるか。
銀行の借金にはほとんど個人保証が付いているため、社長は個人資産を取り崩してでも、返済しなければならないでしょう。
もし自宅が自己所有ならば、それも売らなければならなくなるかもしれません。
自ら売却をしなければ、債権者サイドが競売をかけてくることもあり得ます。
借金がのこる廃業の場合、住み慣れた自宅から出て行かざるを得なくなる場合が多々あります。
どうしてもそれだけは避けたいという方もいらっしゃるでしょう。
廃業・清算前に保全しておく
追い込まれてからでは打てる手は、そんなにありません。
たとえば、不動産を売ったところで、そのお金は銀行の返済にそのまま取られてしまったり。
そもそも抵当権や根抵当権でガチガチに押さえられていて、所有者に自由がない状況になっていることもありえます。
しかし、時間的余裕があれば、保全のための手を打てる場合もあります。
あらかじめ借金が残る状況を想定して動いておきたいところです。
競売を回避する任意売却とは?
切羽詰まった状況まで追い込まれた場合に話を移します。
会社に金を貸している銀行が、社長個人の自宅に抵当権を付けているケースを想定しましょう。
会社や保証人が廃業等で返済不能に陥れば、銀行は担保にとっている自宅を競売をかけざるを得ません。
しかし、銀行としては、競売を避けたいのが本音だったりします。
競売だと申し立てるための費用がかかるし、時間もかかります。
強引に債権回収をしたと見られたくない面もあるでしょう。
そして、競売だと通常の売買よりも値段が下がる傾向があります。
競売物件は怖いというイメージがあるため、普通の人は買おうとしません。
結果、落札価格は本来の価値よりも低くなってしまいがちなのです。
当然、銀行の債権回収額も減ってしまいます。
このような背景があるため、実は、銀行としては所有者自ら不動産を売って欲しいわけです。
金額的に妥当ならば、売却に協力してくれます。
これが任意売却と呼ばれる手法です。
普通は、抵当権等を消さなければ不動産は売れません。
銀行は、すべての借金を返さないと、抵当権等を消すことに協力してくれないこともあります。
しかし、任意売却の場面は、事情が事情です。
「ちゃんと返済しないと抵当権は消せない」と銀行が主張したところで、返済できる範囲には限度があります。
であれば、借金の返済が一部であろうが、ときには判子代だけしかもらえなかろうが、不動産売却を認めてあげがほうが銀行にとっても得な場合があるのです。
所有者にとっても、任意売却のメリットはあります。
競売より高く売れれば、返済額を増やせます。
「返済額を増やすように努めるので、その分、引っ越し代は出してください」
こんな交渉を持ちかけることもできるかもしれません。
裁判所の競売にかけられると、あやしい輩が不動産を見に来ることがあります。
近所の目線も気になります。
任意競売ならば、こうゆう状況になることも避けられるのです。
リースバックで自宅に住み続ける
任意売却の理屈は伝わりましたか。
この任意売却で、買い手をコントロールしたら、そのまま自宅に住めるようになるかもしれません。
これがリースバックと呼ばれるものです。
任意売却で、自宅を身内の人間に買ってもらうとしたらどうでしょうか。
たとえば、兄弟に自宅不動産を買ってもらいます。
家は、そのまま貸してもらいます。
そうすれば不動産の名義は変わりますが、社長は同じところに住み続けることができます。
外から見たら何も変わっていないのです。
将来的にはほとぼりが冷めたころに、兄弟から買い戻してもいいでしょう。
それまでは家賃をやらい続けたり、と。
銀行とすれば、第三者が買ってくれて、その金額が適正ならば文句はないのです。
(逆に言えば、不動産の売買額の妥当性は求められます)
リースバックの条件がそろうならば、自宅に住み続けることができるかもしれません。
子供に買ってもらう?親子間売買
そうであれば、リースバックで子供に自宅を買ってもらうことはできないか。
「親子間売買」です。
お子さんが社長の自宅を残すためにお金を出し、会社の借金や住宅ローンを返済することで家を手放さなくても済むようになるという手法です。
親と子供が、親の自宅を売買する。
話は単純です。
ただやってみると難しい面が出てくることがあります。
一番の壁は資金調達でしょう。
子供が時価相当の現金を持っていれば買うことができます。
しかしほとんどの場合、そんな現金は持ち合わせていません。
借金をしなければお金が作れないのです。
通常ここで引っかかります。
親子間売買だと、子供から親の自宅を買うための融資を申し込まれた金融機関が「なんだか怪しいぞ」と見てしまうのです。
ただでさえ保守的な業界です。
しかも、親子間でお金のやり取りをして売買をするとなると・・・
銀行は「ただ売買が成立すればいい」とは思っていません。
後々トラブルに巻き込まれることも恐れているのです。
このケースでは、会社の債権者から訴訟を起こされるリスクまで考えます。
では、どうやれば親子間売買を利用することができるのか。
やはりプロの力を借りることでしょう。
当然ながら、契約書などの形式を整えなければなりません。
金融機関に状況を説明して、融資をするリスクがないと安心できる状況を作ってあげることも必要でしょう。
これは一般の方にはそうできることではありません。
(当事者による説明だと、説得力に欠けてしまいます)
とはいえ親子間売買は、専門家が関与している場合でも融資が簡単に引き出せるわけではありません。
金利が少々高くなっても、当初はノンバンクで借りるしかない、というケースもあります。