1000社の相談で得られた経験と知恵をシェアします メルマガ登録

第3回 なぜあの社長は土壇場で「会社を売りたくない」と言い出したのか?

前回は、会社のおわりの全体像についてお話しました。私たちが「会社の着地」と呼ぶ任意のおわり方(社内承継、M&A、廃業)があり、反対側に強制的な終了がある、と。

それぞれのおわり方については、いずれもっと詳しく見ていくとして、その前に、今回はもうひとつ外せない大切な視点を語ります。実はここに、世の会社の着地が難航している根本的な原因があるような気がしてなりません。

まずは私がコンサルタントとして駆け出しだった頃に体験したお話からはじめます。

目次

M&A直前でちゃぶ台返し!

もう十数年も前のことですが、高齢で、後継者もいない中小企業の社長から相談を受けました。

私は「これはM&Aしかない」と直感的に判断しました。

社長の年齢もそうですし、会社の内部状況からしても、もう待ったなし。会社が売れるタイミングとしては、今がギリギリという感じです。今後も会社が存続するためには、すこしでも早く、次のオーナーのもとでテコ入れをしてもらわないといけません。

実際、プロジェクトはM&Aへと進みました。
買い手さがしにはかなり苦労しました。

買い手候補が現れてからもタフな調整を要しました。買い手からなにかの要望が投げられても、売り手の社長が「話にならん」とまったく譲ろうとしないためです。なんでそんなに上からなのか、まったく共感ができません。会社の実情を考えれば、とてもわがままを言えるような状況ではないのですが……。それでも買い手が譲歩してくれたおかげで、どうにか売買の条件がまとまりました。

ところが、です。
「やっぱり売るのやめた!」
最後の契約書への調印の直前になって、売り手の社長がとんでもないことを言い出しました。
おい、ふざけるな。この話をまとめるために、どれだけ苦労したことか。
買い手の会社にも多大な迷惑をかけてしまうことになります。会社を購入するための調査等で、すでに時間やお金だって使っています。購入資金を調達するための銀行との融資の算段まですでに終わっているのです。
ところが、再考を求めようが、売り手の社長は「やめたんだ!」の一点張り。理由を聞こうが「もうやめたんだ!」とキレます。

この瞬間、関係者のこれまでの多大なる苦労は水の泡と消えました。私はクソ社長に代わって、土下座をいたしました(少々話は盛っています)。

会社を売ったら、社長じゃなくなってしまう……

それにしても、なぜあのとき、社長は直前になって会社を売ることをやめたのでしょうか。自分の年齢や会社の状況を考えたら、それしか選択肢はなかったはずなのに、です。

当時の私には社長の心変わりは意味不明でしたが、経験を積んだ今ならば少し想像ができます。

おそらく「M&Aをやる」というのは社長の本心ではなかったのでしょう。建前だけでスタートを切ってしまったのです。

会社を売りたいと言い出した言葉に嘘はなかったと思います。社長という公の立場から「当然そうすべき」と考えて行動を起こしたはずです。

ところが、いざM&Aの話が前に進み、現実化してくると、個人としての別の本音があふれ出てきて前に進めなくなってしまった。こんなところでしょう。

私が関わった他の案件でも、会社の着地に動いていたのに、突然社長がブレーキをかけたケースがありました。

「会社を売ったら、私は、社長じゃなくなってしまうし……」

こんな言葉を漏らした方もいました。まさに社長の心理を象徴する言葉だと思われます。

土壇場まできて社長が、自分が社長でなくなることを目の当たりにする。そして、社長でなくなることへの恐れや不安、寂しさに侵されてしまうことがあるようです。

「そんなことはじめからわかることだろ?」と、あなたは思うかもしれません。でも、理屈だけで簡単に片付く話ではないようです。

会社の着地は、会社の運営に決着をつける行為です。それと同時に「社長が、社長をやめる」営みでもあります。

会社をたたむにせよ、誰かに継がせるにせよ、その先で待っているのは「社長ではない自分」です。

なにせ社長という役割には、名誉も、責任も、生きがいも、アイデンティティも詰まっています。多くの人は長い時間を仕事に費やし、それこそ人生のすべてだったのではないでしょうか。

必然的に社長という役割が尊いものになります。

ところが会社を着地させれば、それを失ってしまいます。

想像以上に大きなインパクトとなるにちがいありません。頭ではわかっていても、心では受け止めきれなくなる……不思議はありません。

こうして押さえこんでいた本音、無視されていた本音が暴れはじめ、自分でも制御できなくなるのでしょう。

会社の着地の陰で見落とされていた社長のマインド問題

社長が建前で話を進めたものの、後になって個人的な本音がこみあげてきてブレーキをかけた。こんな図式です。

社長にありがちな傾向なのではないでしょうか。思い当たる節があります。

私は社長とコーチングをすることがあります。その際、個人としての本音がなかなか出てこない場面と頻繁に出会います。社長は、自分の本音を語る代わりに、社長としての正しい回答をしようとするのです。「社長たるものこう答えるべき」という“べき論”ですね。

案外ご本人にはその自覚が無い様子です。

それだけ社長と会社が一体化していることを意味しているのでしょう。会社の社長という役になりきっているのです。

もちろん程度の差はありますが、私的な一人の人間としての自分を後方におき、会社の社長としての自分が前面に出ている方が多いように感じています。

何かを語るときは、個人の意見や思いではなく、あくまで社長の立場で語ることがよくあります。

それは建前でしかないのですが、本人にも自覚できないほど。社長という立場からの純粋な建前だったりするのでしょう。これくらい没頭しなければ、会社経営者なんてやっていられないということなのかもしれません。

日ごろの経営ではいいのかもしれませんが、会社の着地という場面になると、この状況はマイナスに働きます。前に進めなくなります。

繰り返しますが、会社の着地とは、これからの会社の行く末に決着をつけることです。同時に、社長が会社をやめることでもあります。これまでどおり社長が会社と一体化し、一心同体のままでいては実行できません。

会社と社長のお別れが必要なのです。

自分の身を会社から切り離さなければいけません。社長という人格を捨てて、もう一度素の自分に戻らなければいけないのです。

簡単なことではありません。長年社長という人格で生きていた者が、まったく異なる人格に切り替えて生きることを求められるようなものですから。

なにか特別なアプローチが必要になることが、お分かりいただけるでしょう。具体的にどうすればいいかは、またいずれどこかでお話する機会があるはずです。

今回の講義では、会社の着地においては、社長の思考や心の整理も重要なポイントになることを押さえておいてください。

会社の着地は「会社の話」と「社長の話」の両輪がそろわなければ前に進みません。会社の課題を解決するだけでなく、社長の個人的な課題の解決も必要です。

なお、現場で先に手当すべきは、会社のことではなく「社長の話」です。社長が自分の未来に関するビジョンと意思を持つこと。これがプロジェクトを前に進めるエンジンになるからです。社長個人の話をすっ飛ばして「会社の話」を進めることは、貧弱なエンジンで大きなプロジェクトを達成しようとする無理が生じます。

会社の着地の世界では、当事者たる社長も後継者も、専門家等の支援者も、みんな会社のことばかりを気にしてきました。意思決定者であり、プロジェクトを推進させる役割の社長のマインドは、見落とされていたり、軽視されていたと評価せざるを得ないでしょう。

ここに社長人生のおわりをよりよくするための鍵が落ちています。

最初の問いを変えるのです。

「会社をどうするか?」ではなく「自分はどう生きていくか。そのためにいかに社長をやめるか?」へ。

今回はここまでです。

宿題は、自分の社長としてのおわりを見つめてみることです。

「私が社長をやめるときに望むことは……」という書き出しで作文を書いてみてください。

宿題をやるもやらぬもお任せです。でも実際にトライしてみたらきっと効果は大きいはずですよ。

〜お知らせ〜
当サイトへのご訪問、誠にありがとうございます
ぜひ、メルマガ会員登録無料をなさっていってくださいませ

よかったらシェアしてね!

この記事を書いた人

奥村 聡(おくむら さとし)
事業承継・廃業コンサルタント

これまで関わった会社は1000社以上。廃業、承継、売却・・・と、中小企業の社長に「おわらせ方」を指導してきました。NHKスペシャル大廃業時代で「会社のおくりびと」として取り上げられた神戸に住むコンサルタントです。

目次