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第8回 突然やってきた会社と社長の終わり

学生のみなさん、おはようございます。

ヤメ大の学びは、そろそろ折り返し地点といったところです。今回はいつもと趣向を変えて、あるストーリーを語らせていただきます。私の祖父の会社の最期です。私を「社長のおわり」への貢献に向かわせた原体験の一つです。

あなたは、この話から何を感じ取るでしょうか。

目次

明日までに500万円貸してくれ

私は、20年前、祖父の会社の倒産事件の処理の現場にいました。

ジイちゃんの会社の倒産は、普通の倒産とは違いました。普通は資金が枯渇して潰れますね。でもジイちゃんの会社には、大量のお金がありました。いや正しくは、あるはずだったのです。

会社はかなり儲けていたようで、金庫の中には最大10億円以上の札束が積まれていたこともあったそうです。じいちゃんは、銀行を信じていなかったのでしょうか。金を口座に預けるより、ゲンダマを好んだようです。
戦争にも行った寡黙なジイちゃんは、とにかく寝る間も惜しんで一生懸命働きました。私が「独立して司法書士事務所を作ります」と報告に行ったときには「とにかくがんばれ。努力すればどうにかなる」と言われました。いかにもジイちゃんらしいです。

そんなジイちゃん、お金の使い方は知りません。ほとんど贅沢はしません。投資的なこともしていないようでした。

「明日までに500万円を貸して。でないとおジイちゃんの会社がつぶれちゃう」

20年ちょっと前のある日の夜、今は亡き母から電話がありました。私は会合に参加していて、懇親会で軽く酔っていました。

母はジイちゃんの長女です。その頃は高齢になったジイちゃんに代わり、会社のすべてを取り仕切っていました。肩書こそ社長はジイちゃんだったものの、実質的な経営者は母です。

急に金を貸してくれと言われた私ですが、意味がわかりません。

もちろん理由を尋ねました。しかし、動揺していて、母の言葉は支離滅裂です。

「たいへんなことになっちゃった」

「もう私は死ぬしかない」

大泣きしながら発される言葉は、何を言っているんだか理解ができません。ただ大変なことになっていることだけは伝わりました。
聞き出せた断片的な情報をつなぎ合わせた私なりに解釈したところ、母は母の弟(ジイちゃんの長男)と一緒になって、ジイちゃんの会社の金に手をつけてしまったようです。会社の実印もジイちゃんの個人の実印も母が管理していたので、実行することは難しくなかったでしょう。

そして「明日までに2千5百万円を持ってこないと不渡りになって会社が倒産してしまう。でも、その金を持ってきたら2週間後には5千万円になって戻ってくるから大丈夫だ」と、債権者から言われているそうです。

ほんとに、なんのこっちゃです。何が、どう大丈夫なのか。そんなバカげた話があるかと言う感じですが、当人はいたって真剣で深刻です。

500万円という金額は、当時の私には貸そうと思えば貸せない額ではありません。なんといっても濡れ手に粟の過払い金バブルを謳歌していた時代です。

債務整理の仕事をたくさんやっていました。

武〇士とかア〇ムなどのサラ金への返済履歴を、利息制限法に従って計算しなおすと、返済の超過が判明することがあります。その分を「返せ!」と請求し、戻ってきた金の2割を事務所の報酬としていただく仕組みでした。

サラ金に電話一本かけたら100万円の過払い金が返ってきて、20万円の事務所の売り上げが発生。こんな感じです。ここまでの所要時間はわずか10分……効率が良すぎますね。

稼げる仕事でしたが、この仕事は数年でやめてしまいました。理由は2つ。

先行だったウチの事務所ですが、後続に強力なライバルが出現しはじめたことが1つ。

もう一つは、私自身この仕事を好きにはなれなかったことです。正直なところ稼ぐためだけにやっていた仕事でした。やはり仕事には使命感や顧客への愛着も大切です。その点今は、共感できる中小企業の社長さんを顧客にできているので幸せです。稼ぎという面では、債務整理をしていた頃よりも大暴落でありますが……。
そんな債務整理の仕事でしたが、学べたこともありました。なんといっても金を返さない側の人間を山のように見てきましたからね。そのひとつが「当時の母みたいな人間に金を貸しても無駄だ」ということです。
仮に金を貸して援助してあげたとしても、ほかの借金の返済に使われるだけです。苦し紛れのその場しのぎ。なんの問題解決にもなりません。追い詰められている人間は視野が狭くなっているので、物事をまったく客観視できていません。

まだ落ちていく過程にある人間に金を貸してはダメです。どんなに頼まれても、どんなに相手が苦しそうでも。

彼ら彼女らは、現実を受け入れられていないし、反省もしていません。「問題をどうにか無かったことにしよう」と逃げているだけです。当然、援助してあげたところで再起なんてできるわけがありません。渡した金はムダ金になります。

ドン底まで落ち切り、本人が失敗を認め、再起のために這い上がろうとするまでは、見守るほかないのです。

7億円があっという間に溶けて無くなった

あまりに情報が足りません。

問題はどうなっているのか、解決するにはどうしたらいいか。まったくわかりません。

私は母から情報を引き出そうとしました。

私「ジイちゃんの金に手を付けちゃったのはわかったけど、それでいくら使ったの?」

母「……全部」

私「全部!? だって7億円くらいはまだあるって前に言ってたじゃない?」

母「……」

私「じゃ、じゃあ、そのお金は何に使ったの?」

母「よくわからない。弟が……」

私「叔父さんはどこにいるの?」

母「いなくなった。連絡が取れない」

7億円ってそんな簡単に消えてなくなる金額なのか。にわかには信じられません。

さらにまだ金を返していない借用書がたくさんあって、母もすべてを把握できていないとのことでした。

借用書には債務者や連帯保証人として、ジイちゃんやジイちゃんの会社の名が書かれているそうです。母は勝手に名を書いて実印を押し、ごていねいに印鑑証明書まで渡していました。そこまでやるか。我が母ながらドン引きです。
この事実は、単に金が無くなったことを意味するにとどまりません。まだ支払わなければいけない負債が大量にあって、いくら払えば終わるのか見えないのです。
母は借金を保証するため、ジイちゃんの会社の手形も勝手に振り出したとも言いました。不渡りになったら会社は死んでしまいます。

話を聞いた私はどうにも嫌な予感がしました。母がまだ隠していることがあるのではないか、認知できていないだけで事態はもっと悪化しているのではないか、と感じたのです。

ひとまず法務局に行ってジイちゃんの自宅と工場の登記簿を閲覧してみることにしました。
ビンゴです。

なんと、知らない個人名の抵当権が7つも付けられているではありませんか。街金とか闇金が絡んだ債務整理の案件で、こうした個人名の抵当権を付けられているケースがありました。

すぐさま母親に問いただしても「知らない」「そんなわけがない」ということです。まったく埒があきません。

法務局で抵当権が設定されたときの書類を見せてもらうと、ジイちゃんの印鑑証明書が偽造されたものでした。よくできているものの、陰影に違和感があります。

それにしても印鑑証明を偽造できる相手は何者なのでしょうか。普通じゃありません。怖いですねえ。

とりあえずここまでが、わかったことです。

えらいことになりました。7億円はあったはずのジイちゃんの金はすべてなくなっていて、形式上はまだまだ負債を抱えていることになっている。所有権こそまだ残っているものの、自宅も工場も人手に渡る寸前。それをやらかしたのは母親と叔父さん……。
さらに、これは後に発覚したことですが、母は、私の父との夫婦共有の金まで、でに使い果たしていました。

実家の自宅においては、名義はすでにヤクザのものに変えられていました。自分のものだと思って何も疑わずに住んでいた家が、実は、いつの間にかヤクザの名義になっていたということです(あらら)。我が家はまあまあ裕福な類だと思っていましたが、気づけば一文無しです。

そうなんです。敵の正体はヤクザでした。

すべては最初から仕組まれていた罠

どうしてこんなことになったのか。常識で考えたら、ここまでのことは起きません。私は、数カ月にわたる事件の処理をしながら、この問いをずっと考えていました。

しかし、最後まで完全には解けない謎でした。なにせ本人たちからいくら話を聞いても、まったく要領を得ないのですから。逆に、本人たちが状況を整理できていたら、こんなことになったともいえるのでしょう。
そんなわけでこれからお話しする事の経緯には、私の憶測がかなり含まれています。母や、後にコンタクトが取れた叔父さんからの話に加え、足りない情報を私なりの理屈で埋めたものです。

「姉ちゃんいい投資話があるんだけど」

ある日、叔父さんが久々に姿を現し、母にもうけ話をもってきました。

話を聞いた母は、協力することにしました。協力するといっても、それはジイちゃんの会社の金を無断で出すことなのですが……。

母たち兄弟はジイちゃんを恐れていたので、とてもお金の相談なんてできません。一緒にいるけど、コミュニケーションはない。常にじいちゃんから指令が来て、子供たちはそれを黙って実施する、そういう親子の関係性でした。

叔父さんは長男であり、かつては家業の後継者候補だった模様です。しかし、あるとき不祥事を起こし、以来、干されるような扱いを受けていました。
もう亡くなっていたバアちゃんは、落ちぶれたままの長男のことがずっと気がかりだったようです。死ぬ間際にも母に「長男のことを頼むね」と言って死んでいったそうです。母は姉として、叔父さんをどうにかしてやらねば、という気持ちがあったのでしょうか。

叔父さんが持ち込んできたもうけ話、最初はうまくいきました。

成功して気分が良くなっているところに、すかさず次の投資話が持ち込まれます。またもや成功します。「すごいですね!」「さすがですね!」と、叔父さんは熱烈に接待されるようにもなって有頂天です。一時は歌舞伎町で羽振り良く遊ぶ叔父さんの姿が頻繁に目撃されていたそうです。
でも、このまま成功が続くわけはありません。

話の出所はヤクザです。すべて最初から仕組まれている罠なのですから。

調子に乗って大きな金額を転がしはじめたあるタイミングで、損をさせます。本人たちは焦ります。損を取り戻したいと思うのが人間の常です。そもそも今回は自分の金じゃないのでなおさら。

そこに偽の救いの手が差し伸べられます。
「あら、1億円の損が出ちゃいましたね。でも大丈夫。○月○日までに1億5千万円を用意していただけたら、次は2億円になって返ってきますから」みたいな感じでしょう。

損を出した本人は取り戻そうと躍起になって金を作ります。

この地獄の無限ループに落とし込めば、あとは本人が金を集められなくなるまで同じ作業が繰り返されます。金を用意できなくなったら「借用書を書け」「保証人を立てろ」「会社で手形を切れ」「不動産の権利書を持ってこい」と骨の髄までしゃぶられてジエンド。

私がこの事件を知ったのは、もう末期も末期でした。ヤクザは反撃されないよう、本人たちにとって都合の良いような証拠を事前に押さえてあります。

失敗を無かったことにしようとするともっと大きな失敗に

あなたはここまでの話を聞いても、正直なところ、リアリティを感じられないのではありませんか。語っている私ですら、いまひとつ信じられないのですから当然です。
「なんでそんな胡散臭い話を信じたの?」

「こんなことで親の金を何億円も使い込める?」

こう疑問が残ってしまっても仕方ありません。

しかし、コトは実際に起きました。おそらく現場の当事者にしかわからない、巧妙な心理的テクニックが仕込まれていたのでしょう。問題が発覚した後ですら、母はまだヤクザの話を信じ、金をかき集めて持っていこうとしていたくらいです。

歴史にタラ・レバはありません。しかし、それでも私は、母たちが初期の段階で失敗を明らかにし「ごめんなさい」と言えていたら、ここまで大ごとにはならなかった、と悔やむわけです。もちろん、隠したかった失敗とは、ジイちゃんに黙って金に手を付けたことです。

失敗を隠したいという負い目は、ヤクザから見れば絶好の付け入る隙になったことは、間違いありません。結果、問題は誰の手にも負えないレベルまで膨れてしまいました。

これは私たちにも起こりえることです。社長自身もそうですし、従業員や家族が同じ轍を踏む可能性もあります。

何かをやらかしてしまった。そのとき、ちゃんと立ち止まって、問題を清算できればいいのです(勇気は要ります)。
しかし、そこで痛みから逃げて、失敗をなかったことにしようとする……。こうして傷口をより大きくしてしまうケースって本当に多いのです。ぜひ、私の母たちの失敗を反面教師にしてください。

戦場に一人取り残された私

事件が発覚し、すぐに一族会議が開かれました。

状況を聞いたジイちゃんは、一言「お前たちでなんとかしろ」とだけ言って終わり。会議では「会社を守らねばならない」「金を取り戻さねばならない」と、次男の叔父さんが熱弁を吐いていました。
おそらく数日以内には、市中に出回っていた手形が落ちずに不渡りとなります。すると、債権者が押し寄せてくるでしょう(実際は金を貸してないのに借用書や手形だけ持っている輩も多数いたので「自称債権者」という表現のほうが正確かもしれません)。

とりあえず、ジイちゃんと母は田舎に引っ込ませて身の安全を図ることになりました。

予想通り手形は不渡りになり、債権者を名乗る輩が10名近く会社に押し寄せてきました。

普段通り働いていた従業員さんたちは、さぞかし驚いたことでしょう。

「俺が話をつける」と債権者に向かっていった次男は、あっという間に輩に取り囲まれ、激しく突き上げをくらいました。債権者の塊から戻ってきた時には「こりゃだめだ……」とつぶやき、そのまま力なく立ち去っていきました。

会社は一瞬にしてはじけ飛び、雇用も、仕事も一瞬にしてなくなりました。会社から、みんないなくなってしまいました。

話の流れで私は現場に残されることになってしまいました。

工場と隣接するジイちゃんのデカい自宅。無駄に広く感じる空間で、この事件の落としどころを考えました。
「もう金は返ってこないだろう。しかし、不動産の所有権はまだ祖父名義だ。これだけならば守れるかもしれない。そのためにまず、不動産の占有を続けなければ」

みんなが逃げ去った家と工場は、もぬけの殻となってしまいます。ここにヤクザが入ってきて占有されたら、後に所有権を主張して排除しようとしても相当面倒になってしまうでしょう。

駆け出しの司法書士だった頃の私は、賃料を1年以上滞納しているアパートの賃借人を追い出す仕事を受けたことがあります。裁判はあっさり勝ちましたが、開き直る賃借人はアパートから出ていきません。

そうなると強制執行しかないのですが、そこからとても長い時間がかかり、苦労もしました。

金のない賃借人からは滞納家賃を回収できなかったうえ、裁判や強制執行の費用までも大家が負担しなければなりません。占有している人間を強制的に排除するのは大変です。

ヤクザに占有だけはさせてはいけない。

では、いかに占有を続けるか。誰もいなくなっちゃったので、とりあえず私がジイちゃんの家で暮らすことにしました。

念のため近くの交番にも事情を伝え、警戒しておいてもらえるようにお願いもしました。
やたら広いジイちゃんの家で、私はぽつんと一人です。家の様子を伺おうとする明らかに怪しい人間を、目撃したことは何度もあります。門に猫の死骸がつるされていたこともありました。ヤクザからの嫌がらせです。夜寝ようとしても、何かもの音がすると「誰か侵入したか!?」とハッと目が覚めます。

こんな日々を続けていてはとても神経が持ちません。

当時の私は事務所の所長。仕事がたくさん集まり、事務所はどんどん大きくなっているときです。仕事をスタッフに任せきりにするなんてまだできません。日々の仕事をこなすだけでもいっぱいいっぱいなのに、24時間緊張状態を強いられます。とても心身を休めることはできません。

「マズいなぁ」

これではすぐに力尽きてしまいます。誰か、代わりに占有を続けてくれる人を見つけなければと、私は考えました。

そこに人材派遣業をしていた知人の社長から助け舟がやってきました。
「住むところを探しているブラジル人の家族がいるんだけど、ここに住んでもらったらちょうどよくない?」

早速紹介してもらいました。

私「広い家に住みませんか? 賃料はもちろんタダでいいですよ!!」
ブラジル人「(ニコニコ)」
私「誰か来ても『日本語わからない』と言っておけばOKですから」
ブラジル人「(ニコニコ)」


交渉成立です。ジイちゃんの家の占有を継続できる目途がつきました。

さあ反撃開始!

家の占有を代わってもらって動けるようになった私は、反撃に転じました。

ジイちゃんの自宅には、いくつも抵当権が付けられていましたが、すべて偽造の書類によるものでした。ジイちゃんは1件も自分で署名や押印をしていません。自分で自宅等を担保に差し出したわけではないので、裁判を起こせば、無効な抵当権として消すことができるでしょう。

と、私は見立てました。だから弁護士に依頼して、抵当権抹消の訴訟を起こしてもらうことにしました。

しかし、知り合いの弁護士数名に話を持ち掛けましたが断られてしまいました。「申し訳ないけど、ヤクザ相手では……」ということだ。
困りました。

それでも粘り強く探し続け、どうにかK先生に訴訟を引き受けていただくことができました。この件があるまでは、お互い顔だけは知っているというレベルの間柄でしたが……本当にありがたい。助けというものは、近くの人からではなく、むしろ遠くの人からもたらされるという法則ってありますね。

弁護士が見つかりました。ただK先生から釘をさされました。

「私は裁判手続きにのっとって粛々とやるだけだから、ヤクザと取引も駆け引きもしませんよ」
ごもっともです。でも私は、訴訟をしただけでこの事件を終わらせることはできないと考えていました。

仮に抵当権を抹消できたからといって、ジイちゃんたちの身の安全が確保されるとは思えません。ヤクザはあきらめないでしょう。

市中には、本物もニセモノも含め、たくさんの手形や借用書が出回り、債務者や保証人としてジイちゃんや母親の名が出ています。本当の意味で事態を収束させるためには、これらのすべてを片付けなければいけません。でないと、いつまでもヤクザ側に攻撃手段を残すことになり安心できません。将来、証書を使ってふたたび脅される可能性があるのです。
ところが、手形や借用書の数が多すぎ、かつ、本物と偽物が入り乱れているため、正しい実態の把握ができません。当事者である母や叔父さんですらわからなくなっています。

しかし、無限に思えた数々の借金も、元をたどると、どうやら出所はひとつであることが見えてきました。

情報を集めると、裏で絵を描いていたであろう一人の人間の姿が浮かんできました(その筋に詳しい人から聞いたところすごい大物のようです)。この事件の根っこにいる人間と話をつけられれば、個々の手形や借用書を、まとめて消すことができるのではないでしょうか。

そしてついに、そのときがきました。

ジイちゃんの自宅の抵当権抹消の訴訟を起こしたことで、事件の背後にいた人間から接触があったのです。ここから交渉と攻防がはじまったのですが、詳しく書くことは控えさせてもらいましょう。話は長くなるし、表に出すべきではない裏の世界のお話です(みなさんも、ここまでで十分おなか一杯になっていますよね?)。
とにかくこの後も様々なことがありました。

手のひら返し、オウム返し、ちゃぶ台返しにでんぐり返し……と。もうフルコースです。

紆余曲折ありしたが、ようやく話がつきました。こちらがジイちゃんの自宅と工場の所有権を手渡すかわりに、金をもらう。市中に出回った手形と借用書は、すべて先方が回収する。こんな落としどころです。

金と書類の受け渡し場は、裁判所を指定しました。
で、当日。
裁判所の待合室にて、双方で所有権を移転させるための登記書類を確認し、押印。同時にヤクザより札束の山を受け取りました。すかさず、別室で控えてもらっていた仲間や事務所のスタッフに、枚数と偽物じゃないことを確認してもらいます。金の確認ができたところで、裁判所の窓口で訴訟を取り下げました。
こんな過度な緊張を強いられたことは、人生、後にも先にもありません。しかし意外と冷静なもので、地に足はついていました。緊張もある一定レベルを超えると、落ち着いてしまうのでしょうか。

裁判所を後にしました。

が、まだこれで終わりではありません。現金を安全な場所に運ぶまでは油断できないのです。額に汗をかきながら車を運転し、追跡されていないか、何度も、何度もバックミラーを確認しました。

友人にも並走してもらい、何かあった時はすぐに通報ができるようにもしておきました。

最後はカバンいっぱいに詰まった現金を銀行に持ち込み、口座に預け入れて、ようやくこれで一安心!

着地に失敗した社長の心境を味わう

さて、この事件、いかがだったでしょうか。

社長だった私の祖父の立場になったつもりで、改めて感じてみてもらえますか。長々と、身内の恥を語らせてもらったのはこのためです。

彼はどんなことを感じたでしょうか。そして、何か悔やんだでしょうか。

今日の講義の目的は、社長の終わりというものを感じていただくことです。

たしかにここまでの話はそうはありません。「誰にも起こりうる事件だ」と、自分事にすることはちょっと難しいかもしれません。

しかし「急になくなった会社」という分類をした場合、祖父の会社は特別ではなくなります。こんな会社は、これまで山のように見てきました。会社というものはそもそも脆いもので、ちょっとしたことであっさり吹き飛んでしまうものだと、認識しておいていただきたいところです。

もう一点、最も注目していただきたいのは、社長としての祖父の最期です。

祖父は無自覚のまま、気づいたら社長のキャリアを終わらされました。

世の中には自分で自覚し、自ら積極的に社長としての役目を終える人がいます。その一方で、祖父のように「気づけば終わっていた」社長や、本人は社長をやめたくなかったのに強制的にやめさせられた社長もいます。

あなたはどちらになりたいですか。

私としては、前者の自分で自覚して社長をやめる人のほうが、幸せだと思います。しかし、成り行き任せになって、強制的に終わらせられる社長が後を絶たないのも事実です。


祖父は、事件が沈静化した後も田舎に引っ込んだまま暮らしていました。ひっそりと息をひそめるように生き、そのまま亡くなりました。事業を立ち上げ、一代でかなりの財を築いた人間の最期にしてはとても寂しいものです。
「バアさんは先に死ねてうらやましい」

晩年は、夜に酒を飲んで毎晩こう嘆いていました。先に死去した妻を想い出し、こんな経験をしないで死ねてうらやましい、というのでしょう。

私には衝撃的な姿でした。祖父はとにかく寡黙で我慢強い人間でした。戦争にも行った祖父は、弱音を吐く人ではなかったのです。
彼は、人生の終了間際にほとんどすべてを失いました。育てた会社は木っ端微塵に砕け散り、社長という地位を失いました。金も不動産も残っていません。あれだけ祖父の周囲にいた人たちは、波が引くように目の前から人がいなくなりました。

子育てや後継者育成の失敗を、子供たちからの裏切りというかたちで責任を取らされたのでしょう。社長のケジメというテーマに対して、中途半端なことをした報いだともいえます。受け身の姿勢で、成り行きに任せた結末でもあるのです。

祖父を見ながら、私は痛感しました。
「終わりの場面での失敗は悲惨だ」

最期のときだから、その失敗はもう挽回できません。

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この記事を書いた人

奥村 聡(おくむら さとし)
事業承継・廃業コンサルタント

これまで関わった会社は1000社以上。廃業、承継、売却・・・と、中小企業の社長に「おわらせ方」を指導してきました。NHKスペシャル大廃業時代で「会社のおくりびと」として取り上げられた神戸に住むコンサルタントです。

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