ヤメ大の講義が続く間も、社長さんたちからたくさんのお悩みが私のもとによせられています。
誰もが真剣に、まじめに、重たいものを背負って懸命に悩まれていらっしゃいます。本当に頭が下がります。ヤメ大が、社長さんの適切な思考と行動の糧になることを願うばかりです。
さて今回のテーマは「社長の死去」です。いわゆる相続問題などを扱います。死について語るのはタブー視されがちですが、そのために潜在的な問題と向き合うことを避けてしまったら本末転倒です。
ちまたでは死という表現を避け、できるだけオブラートに包まれた表現を使おうとしがちです。たとえば直接死と言わず「社長に万が一が起きた時は……」みたいな表現だったり。
でも、伝わり方がまったく変わってしまうと思うのですね。ヤメ大は現実主義なので、言葉遣いもダイレクトにいきます。ご了承ください。
自分が死んだ後なんてどうでもいい?
会社と社長のおわりの全体像における「社長の死去」の位置づけは大丈夫でしょうか。復習がてら一緒に確認してみましょう。
まず社長が自ら、任意で会社に決着をつけるパターンです。廃業、M&A、社内承継(子供や従業員へ)の3タイプがあり、私たちは「会社の着地」という呼び方をしてきました。
一方、会社をいつまでも着地させないと強制終了が待っています。自ら降りる会社の着地に対し、無理やり引きずり降ろされる終え方です。無理やりだから傷を負います。その一つが倒産であり、そして。もう一つがこれからお話する「社長の死去」です。
死は、いつやってくるかわからず、有無を言わさず私たちをあの世に連れていきます。
飛行機(=会社)は飛びつづけているのに、操縦者たるパイロット(=社長)がいなくなってしまいます。これまで飛行機を飛ばしていた人材が突如いなくなるのですから、その後の飛行機が大変なことになることは容易に想像がつくでしょう。
他の社長のおわり方だと、社長をやめても人生はまだ続きます。しかし、死去によるおわりだけは違います。社長をやめると同時に、自分はこの世からもいなくなるのです。
ゆえに、こんな本音を抱く方もいらっしゃるのではないでしょうか。
「はっきりいって、自分が死んだあとのことなんてどうでもいい」
私は20年くらい前に、相続手続きを総合的に支援するサービスを立ち上げました(このころはまだ社長ではなく、個人のお客さんを顧客としていた時代です)。
私の事務所では相続案件を年間に150から200件ほど扱っていました。
「もっと前から準備しておけば、こんな思いをしないで済んだのに……」
起きてしまった相続で、配偶者や子供たちが苦労し、涙を流す姿を見ながら、こちらまでやるせない気持ちになるのが日常でした(こういう光景に慣れ過ぎて、今では感情の動きが大変鈍い人間になっています)。
相続は起きる前に対策しておいた方が絶対よいのです。
そう痛感してからは、生前の準備を推奨する活動にも力を入れました。「遺言を書いておきましょう」とセミナーを開催したことも何度もありました。
誰にでも死はいつかやってくるのですから、基本、備えておいて損はありません。
しかし、相続の生前準備の呼びかけに対する反応はといえば……。もう、ガックリするほどに、みなさん動いてくれないのです。起きた後の相続の手続を10件集めるのと同じ労力をかけても、遺言などの生前準備の仕事の場合は、1件か下手したら0件しか集客できない感覚でした。
身に染みました。
「人は自分の目先の利益のためには動くけれど、先の話なんてほとんど関心がない。ましてや、自分がこの世を去った後のことなんてどうでもいいのだ」と。
「残されるご家族のために遺言を書くべきです!」なんて当時は語っていました。今思えば、実に青臭い。もう正論もキレイゴトも言うのはやめました。本音からしか何も始まりません。
会社を継いだ妻がウツに
ある地方の運送会社で、まだ50代だった男性社長が、突然の事故でこの世を去りました。遺族にとって、あまりに唐突な別れでした。
会社には、経理をやっていた妻と、司令塔を失った従業員たちが遺されました。世界は冷徹です。悲しみに暮れる間もなく、次は「この会社をどうするのか」「誰が社長になるのか」といった問題が突きつけられます。
「俺たちが支えますから、奥さんが次の社長になってください」。
従業員たちは言いました。顧問税理士や取引銀行も、背中を押します。
「経営なんてやったことがない自分に社長なんて務まるのか?」という不安を抱えながらも、断ることが許されないような空気のなか、流されるように妻は社長就任を受け入れました。
それが苦難の始まりでした。
「支える」と言っていた従業員たちの態度は、就任後、あっという間に激変しました。
やる気のない姿、新社長に反抗的な姿を見せるのは序の口です。仕事中にサボって、パチンコに行く者まで現れました。仕事を完全にナメきった空気は社内に蔓延し、新社長が注意しようものなら「文句あるならいつでも辞めますけど?」と開き直られる始末です。
新社長は「従業員に辞められたら仕事が回らなくなる」という恐怖におびえ、注意すらできなくなってしまいました。弱腰になったトップを見て、ますます従業員は増長しました。
組織運営というのはシビアなもの。部下はいつだってトップの力量や本音を試そうとしてきます。たとえばわざと一番困るタイミングに、一番困る行動を起こしたりします。
理屈ではないのでしょう。きっと「自分の命運をトップにゆだねていいのか」を本能的に探ろうとするのだと思います。
この会社は小さな運送業です。
ここに集まった従業員は、学歴や理論よりも、腕っぷしの強さと現場の経験をものさしにして生きてきたような者ばかりです。相手が社長だから、あるいは先代社長の妻だからといって、言うことを素直に聞くような人間ではありません。
先代が社長だった時代に、うまく仕事が回っていたのは、あくまで彼だったからです。力量や面倒見の良さ、カリスマ性があったのでしょう。従業員が彼を「自分たちのボス」として認めていたからこそ、社長の指示が通っていたにすぎません。
しかし新社長となった妻は、社長の立場を自分の力で勝ち取ったわけではありません。たまたま与えられただけです。組織からの服従も尊敬も得られていません。
やがて、心身ともに疲弊した彼女は精神のバランスを崩してしまいました。
「社長なんて、やらなければよかったです……」
私のもとを訪れた彼女は、涙ながらに語りました。けれど、もう後戻りはできません。
自分の代わりに社長を務めてくれるような人はいません。会社をたためば、残った借金が彼女を襲います 。
過度なストレスを抱えながら、逃げることも許されず、彼女は絶望していました。社長の死によって会社を突然引き継がれた惨劇でした。
亡くなった社長はこの世にいないので、自分の死後に責任を負うことはありません。その代わりに、遺された人間が亡き社長以上に傷ついてしまうことがあります。
株式を手に入れられない後継者
従業員への社内承継の回でも少しお話したこの件も、社長の死去がらみです。
社長は生前「俺の後継者は、こいつしかいない」と周囲に言っていました。指名された従業員本人もそのつもりで、会社の未来を引き継ぐことを覚悟していました。
ところが、社長が急逝したあと、事態はまったく違う方向へと進んでいきました。
亡くなった社長と、後継者に指名されていた従業員との間に血縁関係はありません。となると、社長が所有していた株式は相続財産として、その相続人に引き継がれることになります。いくら生前に「後継者はこいつだ」と言われていたとしても、遺言も契約書もなければ法的な効力はありません。
後継者候補は、亡くなった社長から株式を引き継いだ相続人と交渉をしなければならなくなりました。いくら後継者が「株式を譲ってくれ」と言ったところで、確実に相続人が株式を譲ってくれるかはわからないのですが……。
さらに厄介な状況になりました。
家族たちがそろって「相続放棄」を申し立ててしまったのです。会社とは距離を置いていた家族たちは「トラブルに巻き込まれたくない」「借金などの面倒は避けたい」と考えたのでしょう。
結果、誰が相続人なのかわからなくなってしまいました。
民法的に相続権は次の順位に移っていきます。亡くなった社長の兄弟姉妹(死んでいる場合はさらにその子供たち)が対象になります。
調べてみたところ、相続権を持つ人間が約15人いることが判明しました。聴いた話ではその中に、海外に移って消息不明になっている人や、意識がない状態でずっと病院に入院している人までいるとのこと。
もはや絶望的です。
「これは、もう無理だな……」と、私たちは判断しました。
たしかにどこまでも粘れば、いつか亡き社長の相続人を整理することができたかもしれません。
けれども、やるにはかなりの金がかかります。しかも、仮に相続人の整理に成功したところで、後継者候補が株式を譲ってもらえない可能性もあります。
そして最大の問題は、時間です。
裁判所が絡む手続には相当な時間がかかること必至です。それまでは株主がいない状態なので、新たな役員を選ぶことができません。
会社の代表者を変更する登記もできなければ、社長がいないので、契約書に押印することすらできません。会社の意思決定をできる人がいないのです。体はあるけれど、頭がない人間のような状態です。
機能不全に陥ってしまった会社が死を迎えるまでの時間はほんのわずか。
弁護士も交えて検討を尽くした末、後継者は、株式を手に入れることは無理だと判断しました。先代が残した会社を引き継ぐことを諦めたのです。
このケース、たった一枚の遺言書でもあればすべてが違っていました。会社の株式をすべて後継者に譲るという一文を残すだけで、会社は存続できたのです。
銀行のお金を降ろせなければ会社も即死
もうひとつ、社長の死去によって起きたトラブルをご紹介しましょう。
ある会社では、社長が急に亡くなったその瞬間から、会社の動きが止まってしまいました。会社の資金繰りを一手に担っていたのが、その社長だったからです。
銀行の通帳も、実印も、キャッシュカードの暗証番号も、すべて社長が一人で握っていました。他の役員や社員はもちろんのこと、家族ですらその場所や情報を知りません。
「お金はある。でも、使えない」というのが、会社を直撃した現実でした。
給与の支払い日が来ても、仕入代金の支払い日が来ても、お金を動かすことができません。銀行としても、代表者変更の登記が済んで、相手に権限があることを確認できなければ対応できないというのは仕方ないことでしょう。
預金を動かせなくても支払期限は待ってくれません。
金を払わない会社に、取引先も従業員も協力はしません。そうなれば仕事が回らないからつぶれます。
こちらの会社の場合は、どうにか亡き社長の親族が当面の金をかき集めて最悪の事態を回避することができました(私も資金繰りのために協力しました)。たまたま危機回避ができただけです。これができない会社だったら、社長の死と同時に、会社も急死していました。
この件を紹介していたら、いつか読んだ本のことを思い出しました。
町工場を社長の娘が継いだ話です。
病気かなにかで命が尽きかけの社長が、死の直前になってようやく娘に、しぶっていた銀行口座の暗証番号を教えるシーンがありました。
本文では「暗証番号が家族にちなんだ数字だったために感動した」と書かれています。
これを読んだときに私は思いました。「アホか!」と。
運がよかっただけです。もし暗証番号を聞き出す前に社長が死んだら、会社は一発で詰んでいたかもしれないのです。危機管理の欠如でしかなく、こんなものを美談にしてはいけません。
社長の死去にまつわる事例をご紹介してきました。どれも特別なものではなく、起きうる可能性は普通にあります。
そしてどれも「備えがあれば防げた話」です。
社長の死は、会社にとって最大の経営リスクのひとつです。 にもかかわらず、社長自身も、その近しい者も、「そのときどうなるか」に想像力をはたらかせていません。
社長の死去への備えと言う意味では「生命保険に入っている」という会社ならばたくさんあります。しかし、いざというとき、保険には入っているけれど「保険金を請求する手続きができない」という状況になるケースもあるのです。
必要な備えをしていただきたいところです。
そのためには「社長が亡くなったときになにが起きるか」をしっかりシミュレーションしてください。社長がいなくなっても、会社が止まらない。 そんな仕組みづくりが目指すところです。
亡くなった社長をうかつに相続する危険
会社に関係ない社長の家族に、深刻な影響が及んだケースをお話しましょう。
社長には、会社の経営者という顔があり、普通の一人の人間としての顔もあります。人が亡くなれば、そこには「相続」という問題が発生します。社長であっても同じです。いや、社長だからこそ、問題はより複雑になるのです。
原田良子さん(仮名)は、印刷業を営む会社の社長です。
もともと会社の社長は夫がやっていました。しかし、彼が急逝したことをきっかけに、継ぐことになったのです。
夫の死後、良子さんは「自分がやらなければ」という一心で夫が築いてきたものを背負おうとしました。
しかし、その時すでに経営状況は苦しいものになっていました。
銀行からの融資は限界まで達していて、これ以上お金を借りるのは不可能です。そこで良子さんは、資金が足りないときに、個人名で消費者金融から借金をするようになりました。
借金の返済のために他からの借金をする。
このサイクルに出口はありません。目先の金をどうにかすることばかりを考えた末路でしょう。立ち止まり、冷静に考えることは難しかったのだと思います。
ついに消費者金融からの新規の借入も断られるようになりました。またたく間に、運転資金も生活資金も底を尽きました。
「こうなってしまったらさすがに無理だ……」
良子さんは会社の継続をあきらめ、債務整理をすることを決意しました。
彼女は、私が当時経営していた司法書士事務所に相談にいらっしゃいました。20年以上前ですが、当時の私は破産や債務整理を専門的に扱っていたのです。
銀行に債務整理に着手する旨の通知を出してまもなく、良子さんのもとに一通の内容証明郵便が届きます。
「あなたは期限の利益を喪失しました。だから残りの金を一括で返しなさい」というものです。内容的にはよくあるもので、いわば儀礼的なものです。
問題はその通知の宛名にありました。借金の支払いを求める相手として、良子さんの名前だけでなく、彼女の娘たちの名前まで記載されていたのです。
「どういうこと?!」
最初、私たちは意味が分かりませんでした。
良子さんには二人の娘がいましたが、ひとりは専業主婦、もうひとりは大学を卒業して間もない社会人です。どちらも母の会社にはまったく関わっていません。
にもかかわらず、銀行は子供二人にも「連帯保証人として借金の返済を求める」と主張してきたのでした。
一体なぜか。その答えは「相続」にありました。
相続には、包括的に権利も義務も引き継ぐ性質があります。お金や土地などの。美味しいところだけ相続するというわけにはいきません。故人の借金だって引き継いでしまうのです。連帯保証という義務も同様です。
良子さんの娘たちは、父が亡くなったとき、相続人として遺産分割協議書に署名・押印していました。これは自分が相続人として、父を相続することを認めた行為です。
父を相続したので、父が負っていた「会社の借金の連帯保証人」という立場まで母と一緒に引き継いでしまっていました。
その後、会社が傾き、借金の返済をしてもらえなくなった銀行が、連帯保証人である母と娘に請求をすることになったという理屈です。
銀行が主張する事実は正しいものでした。「うっかりしてました」「そんな法律は知りませんでした」なんて言い訳は通じません。
父を亡くした娘たちは、会社の借金の連帯保証人になっていました。そして最終的に、母と2人の娘たちは、そろって自己破産をすることになりました。
会社に一切関わっていなかった若い娘たちまでが、経営者の父の死によって人生を狂わされる。あまりに切ない事例でした。
他のケースでも、中小企業の社長が亡くなったあと、無警戒で家族が相続をしているケースを目にすることがあります。本当に大丈夫なのか、と心配になるのですが……。
悲劇を回避するため、社長の相続を正しく恐れていただきたいところです。
相続放棄したら目の前の金まであきらめるしかないのか?
ここで一点ご注意いただきたいのは「遺産をもらわなかった」という理由をもって、相続していないという主張ができないことです。
先の事例でも、実際、娘たちは父の資産を一切引き継いでいません。会社の株式や自宅などの資産はすべて母の良子さんが引き継いでいたのです。
それでも娘たちは相続人でした。たまたま遺産をもらわなかっただけの相続人という立場なのです。
遺産分割協議に参加し、議事録に署名押印していることで、自分が相続人であることを認めています。遺産は引き継がないことになっても、相続人であることには変わりはありません。相続人になりたくなければ、遺産分割協議に参加しちゃダメなのです。
娘たちが会社の借金の連帯保証から逃れるためには、父が死亡したときに「相続放棄」をしなければいけませんでした。
相続放棄をするには、期間内に、家庭裁判所に対して申し立てをしなければなりません。いわば、積極的なアクションが必要であり、何もしなければ相続人になってしまうという流れです。
相続放棄をすれば、負をシャットアウトできます。父の借金だろうと、会社の連帯保証だろうと、相続放棄さえすれば、法的には「赤の他人」です。
「親がこしらえた借金なんだから、子供が責任を取るのは当然だぜ」
昔のヤクザ映画にありそうなセリフですが、相続放棄をしていれば通用しないのです。
とりあえず、相続放棄さえすれば、借金や連帯保証を引き継がないで済むので一安心できます。
しかし、本当にそれだけで満足できますか。
相続放棄をしたら、負債と一緒に、資産も引き継げなくなってしまいます。故人が遺した預金も不動産もすべて受け取れなくなってしまうのです。
さすがにこれは、もったいないと思いませんか。
故人が生前のうちに手を打っておけば、家族は相続放棄をしつつも、資産だけ引き継げる可能性が作れます。
この打ち手の代表例は生命保険の活用です。
たとえば、社長である父が、自分を被保険者として生命保険をかけます。受取人は配偶者や子供などの家族です。
そして、父が死亡します。
社長の家族は、会社の借金の連帯保証が怖いので、家庭裁判所に対して相続放棄を申し立てることにしました。それでも、社長がかけていた生命保険の保険金を受け取ることはできるのです。
なぜなら、生命保険の保険金は「生命保険会社から受取人に支払われるお金」であって、故人の相続財産ではないという扱いだからです。相続放棄の有無とは関係なく、保険会社から払ってもらえるお金です。
生命保険を使った対策以外にも、打ち手のアイデアは他にもあります。
いずれにせよ、何の対策もしておかなければ、相続放棄をして資産の承継はあきらめるか、連帯保証等のリスクを受け入れて資産を相続するかのどちらかしかありません。
しかし、あらかじめ手を打っておけば第三の道を作ることができるのです。
社長が亡くなるということは、会社のみならず、家族にとっても大きな衝撃となります。
それを予見し、気にかけ、私のような人間に準備を請うてくれる社長さんが一部いらっしゃいます。
でも、多くの経営者は未来に起きうることを見ようとしません。
今まさに、社長である父が亡くなり、事態の収拾に動いている案件があります。とっ散らかしたまま社長が亡くなり、娘さんがその尻ぬぐいをしています。「あの金を払っていない。この金も払っていない」という状況です。
社長が亡くなる少し前にお会いしたときの娘さんからは、父親への愛が伝わってきました。
ところが、父が死亡すると一転、父への怒り、憎しみばかりを感じるようになってしまいました。
会社のことはあまりにいい加減だし、遺された母や子供たちに対しては何のケアもしてくれていませんでした。それどころか、多大な負担だけ押し付けていきました。惨状を目の当たりにさせられて、許せないという気持ちが湧いてきたようです。
怒りの涙を流しながら、望まぬ役割に翻弄される娘さんを見ていると「これでよかったんですか?」と、亡き社長を思い浮かべ、問わずにいられません。
自社の株式に課税されるのは納得がいかないけど……
よくある相続をテーマにしたセミナー等では、聞くことができない話をしたと思います。
ここからは定番ともいえる話題に移りましょう。「相続税」と「遺産分割」の話です。こちらも中小企業の経営者にとっては、放っておくとトラブルになりがちな落とし穴です。
相続では、遺産が増えると、納めなければいけない相続税も増えます。税金の計算方法と節税方法については、本やセミナーで学べる機会はたくさんあるのでここでは割愛させていただきます。
ただ、注意だけはさせていただきます。節税はほどほどに、と。
「とにかく最大限の節税をするのだ」と躍起になると、いざ相続が起きた時に「納税のためのお金が全然ない!」なんてことになりかねません。
個人的には相続税の制度については不満があるところです。でも、それはそれとして、ある程度の税金を納めることは仕方ないとあきらめてしまった方が得策です。「1円でも安く」なんて眉間にしわを寄せて生きるようでは、ストレスばかりが積み重なってしまいます。
節税は、できる範囲でほどほどに、です。
社長の相続特有の論点は、会社の株式の扱いです。
あなたが経営している会社の株式の価値も資産にカウントされ、ひいては相続税の上昇につながります。会社によっては、社長の持っている株式の価値が3億円だ、5億円だと評価されることもあります。
なんとも腑に落ちませんよね。
中小企業の株式なんて、当事者からしたら空気みたいなものです。あって、当たり前。
まだ不動産や預金などの資産ならば、税金をかけられるのも多少は納得できると思います(それでも税金は払いたくない)。でも、自社の株式ですよ。上場企業の株式のように、売って換金することすらほぼできません。そんなものに対して「価値があるから税金払え」って言われても……。いまどき暴力団のほうがもっとマシな言いがかりをつけてくるのではないでしょうか。
と、いくら文句を言っても仕方ないところです。
株価が高いことが予想される会社では、税理士さんも交えて対策を練ることをおすすめします。
税金計算のルールで株式価値の評価方法も決まっています。端的に言えば、利益が減り、会社の財務内容が悪くなれば、株価も下がるのです。
みなさんの会社は上場している会社ではないので、ある程度恣意的に操作することが可能でしょう。
ここでも、どこまでやるかの見極めが肝要です。やり過ぎは良くありません。業績や財務内容を悪くし過ぎて、会社がつぶれてしまったら笑い話にもなりません。
株価関連の打ち手として「事業承継税制」という制度もあります。
これを使えば、相続時の株価評価を0円に引き下げられたりします。目先の利益を見たら飛びつきたくもなりますね。
でもこれを使ったことで、将来の有効な選択肢が制限されてしまうことが起こり得ます。
旧ジャニーズ事務所の問題のときも、ジャニー北川氏の死亡時にこの事業承継税制を使っていたため、会社をたたんだり、M&Aをすることになったりすれば、さかのぼって税金を納めなければいけなくなる、という話があったりしました。
特例とか、補助金、助成金の類にはこの手の話がつきまといます。目先の得だけでなく、長い目で見たときの将来のリスクまで考慮して利用の可否を決めなければいけません。
専門家やコンサルタントの中には、最新のテクニックを使うことが得意な人がいます。こういう人に限って、頭は切れるし、エネルギッシュで相手の背中を押すのもうまかったりします。
でも、こういう人のペースに載せられるとちょっと怖い気もします。目先の利益に偏った打ち手になりがちだからです。
相続対策の世界に限らず、世間を見回してみると、アクセルを踏むことに力を貸してくれる人は結構いるものです。しかし、あなたに本当に必要なのは、ブレーキ役かもしれません。
専門家からすれば「これを使えば、これだけ利益を得られるからやりましょう!」というスタンスは取りやすいのです。自分の仕事にもつながります。一方「それはやめておきましょう」と助言したところで金は稼げません。こんな背景もあって、積極策を勧められる場面が増えます。
だから自分で注意して、バランスをとらなければいけません。たとえ専門家を頼るにしても、短期利益と長期のリスクのバランスは自分でとる意識が必要です。
私個人としては、多少損しようが「使わないで済むテクニックや制度は使わないほうがいい」くらいのちょっと消極的な態度を推奨します。
何か事を起こせば、それだけ目には見えない面倒まで引き受けることにもなりますからね。
8思ったよりもめている遺産分割
税金の次によくある相続の話題は、遺産分割です。遺産分けでもめたとか、調停になったとかいうやつです。相続がいわゆる「争続」になったとか……。
この相続紛争が起きる可能性は、一般の人の相続の場合も起きます。社長の相続だけに限ったことではありません。
遺産がたくさんあっても、少ししかなくても、揉めるときは揉めます。「うちはたいして資産がないから大丈夫だよ」とたかをくくる人は多いですが、案外、遺産が少ない方が、自分の取り分を増やさねばという意識が強く働くのかもしれません。
昔ならば、長男が家を継いで遺産も継ぐ、というのが当然だったのでしょう。
でも今はみんなが平等の権利を持っていると思っています(法律もそのような設計です)。ネットで簡単に情報が取れるから、自分に都合の良い話ばかり集めていたりします。本当に笑っちゃうほど、自分に都合の良い主張ばかりなんですよね。義務とか、責任ということは棚の上にあげて。現代社会の特徴です。
紛争への一番の引き金は、感情的なもつれによるところなのでしょう。
感情を傷つけられたり、「なんで私ばかりが?」みたいな不満不平を溜め込んでいたり。故人への生前の不満ももちろんですが、他の遺族への恨みのときもあるかもしれません。
それらが、相続の機会に噴出してしまいます。
「自分に相続が起きたって、子供が揉めることなんてありえんよ」と軽く感じている人が多いのですが、当人たちにとってはものすごい深刻な場面となります。
一般の方が想像するよりも、相続は揉める可能性が高いものです。
でも、相続で揉めたところで得なんてちっともありません。遺産という限られたパイは、ゴネたところで増えるわけではありません。誰かが引き継ぐ遺産が増えるということは、他の誰かの取り分が減ることを意味するのです。そうならばもちろん、必死に抵抗されます。
誰かが弁護士に依頼すれば、こちらも負けじと弁護士を雇います。こうして全体的な利益が損なわれていきます。美味しい思いをするのは弁護士だけという構図です。
揉める可能性を低くするためには、話し合いのスタート時が大切です。
話合いを始める前に、相続人全員で、相続に詳しい専門家からスムーズなやり方や揉めない秘訣を教えてもらうのはどうでしょうか。
また、話し合いのためのルール設定も推奨します。
「相続人以外の人間(相続人の配偶者など)が遺産分割に首を突っ込んでくるのはNG」
「直接話をすると感情を害しやすくなるから、遺産分割については直接話をしてはいけない」
こんな感じであらかじめ決めておいてはいかがでしょうか。
そして究極の紛争の対策は、「そもそも話し合いの機会を作らせないこと」です。
遺産分割の協議をするから揉めるわけです。だったら、その機会を奪うために、遺産の分け方を生前に指定してしまえばどうでしょうか。たとえば遺言を作成し、個々の財産の帰属先まで決めてしまえば、遺産分割協議は不要となります。
ただ遺産を遺して死ぬのではなく、そこに「こうして欲しい」という意思表示も遺しておくことが、遺される者を助ける場合が多いことでしょう。
自社の株式のせいで後継者が損をする?
社長が亡くなったとき、相続財産に自社の株式が含まれているのが普通です。
この自社の株式という遺産、実はかなり厄介な代物です。現金のように自由に使えないくせに、資産として評価をされてしまいます。
たとえば、総額2億円の遺産があったとします。内訳は、自社株式1億円、現金1億円。相続人は、会社を継ぐ長男と、結婚して家を出た長女の2人です。
もし民法に定める法定相続分どおりに遺産分割をするのならば、2人で半分ずつ、価値はそれぞれ1億円です。
しかし、相続する資産の内容を考えると、まず平等には済みません。
自社の株式は、会社の後継者である長男にしか用のないものです。となると、長男は株式を相続するしかなくなります。結果、長女が現金1億円を相続することになります。
これって、なんだか不平等じゃないですか。普通に考えれば、自由に使える預金1億円のほうが、自社の株式よりもずっと価値があります。
相続税だって納めなければいけませんが、株式だけを相続する長男は、納税の資金を他のところから調達してこなければいけません。一方の長女は、現金があるので悠々納税ができます。
なお「だったら株式も現金も、長男と長女で半々に分ければいいじゃないか」という意見があるかもしれません。しかし、株式を分散させることは、自ら余計なリスクと面倒を引き寄せることです。軽はずみにやってはいけません。
会社の社長という立場は、外からはキラキラした存在に見えるようです(実態は、やたらと重たいリスクを背負い、いろんなことに気を遣わされる存在なのですが……)。なので、相続という場でも「あなたには会社があるじゃないか(だから、譲る気はない)」と思われることが良くあります。
後継者が、損な役回りを押し付けられかねません。民法にゆだねることが、結果的に不公平を放置させることになり得るのです。
会社を継ぐ後継者にしわ寄せがいくにとどまらず、下手をすれば、会社そのものが立ち行かなくなる恐れすらあります。
だからこそ、先代社長が遺言書などを活用して、相続を設計しておいてほしいのです。
法律は全然万能ではありません。あなたが、後継者や家族のために、法律だけでは不足する面を事前に備えてはいかがでしょうか。
今回の講義はここまでです。
死というものは突然やってきます。避けようと思っても避けられるものではありません。
それでも備えておくことはできます。
宿題は「もし自分が死んでしまったとき、何が起きるか?」を考えてみてください。
あなた死去すると、会社および家族にどんなことが起きてしまうでしょうか。
余力があれば、相続で起きうる問題への対策も考えてみましょう。
