会社に積もった大きな借金を後継者に引き継がせてしまい、大変なことになったケースがあります。
一方、借金を恐れて会社が捨てられたケースもあります。
リスクをコントロールしつつ、生かせる部分は生かしていく方法を考えていきましょう。
たとえば債務超過の会社でも事業承継ができるか?
会社の負債が大きくなり、この会社を子供や従業員に継がせることはできないと諦めてしまっている社長はいませんか。
または、逆に大きくなり過ぎた借金をそのまま後継者に背負わせようとしていませんか。
昨今では、行政などが「事業継承を増やさなければ」と声高に主張しています。
でも、事業継承「後」のことは、ほとんどフォーカスされていません。
会社を下手に継いで苦んでいる後継者もたくさんいるのが現実です。
私は「会社を継ぐ」と奮い立ってくれた勇気に対し、良いかたちでバトンを渡してあげたいと願います。
過大借金、債務超過の会社の承継に切り込む
こんにちは、事業承継デザイナーの奥村聡です。
この記事では、「過大な借金」×「事業承継」という切り口で問題を検討していきます。
この問題は、慎重に対応しなければいけません。
しかし一方で、まったく手がないということではないのです。
マイナスの会社を後継者に会社を継がせるということは?
ここに資産が4000万円で負債が6000万円の会社があったとしましょう。
この会社をそのまま後継者に継がせるということは、何を意味しているのかをまず考えてください。
事業承継のベーシックな形とされている、子供への承継で考えてみましょう。
この場合、会社は親から無料で承継されることが多いはずです。
たとえば、相続だったり、と。
しかし、この会社の価値はマイナスです。
経済的合理性の話だけすれば、無料とはいえ、会社をもらっても得にはなりません。
また、通常、銀行からの借金については、社長の連帯保証(個人保証)が取られます。
子供が後継者として社長になったときに、個人保証も継がされることが普通でしょう。
会社を継ぐことで、資産よりも大きな借金を継ぎ、しかも個人的にその責任を負わされることになるということです。
もし、後継者が会社を継いだ後に会社が潰れれば、借金が残ります。
後継者は個人保証を負っているので、その借金を個人の責任でどうにかしなければいけなくなります。
自宅などの個人資産をすべて奪われ、破産をしなければならなくなるかもしれません。
会社の財務内容が悪いのだから、そうなる可能性が高いということも押さえておくべきところでしょう。
この不条理を感じ取っていただきたいと思います。
M&A的に債務超過の会社の承継を考えてみる
ところが債務超過の会社でも、何も考えず、かつ無策で後継者が継いでいるケースがたくさんあります。
ただ注意が働かないのか?
親が作った借金は子が継ぐのが当たり前とかんがえるのか?
しかし、本当にそれが適切なのでしょうか。
М&Aで考えてみましょう。
利害関係のない第三者に会社を売買するという話です。
もし、こんな借金のほうが大きな会社の購入を勧められたとしても、買い手はこの会社を買いません。
おそらく「タダであげるから」と言われても、断るでしょう。
資産と負債の損得勘定をマイナスだからです。
このあたりの計算はドライに行われます。
では、なぜ身内への事業承継ならば、こんな話がまかり通ることがあるのか。
私は実におかしなことだと思います。
事業承継であっても、マイナスの会社を継がせること、継ぐことに合理性はありません。
M&Aの感覚を持つべきだと考えます。
個人保証によってすべての責任を負うことになるのですからなおさらです。
会社を継がせるか、継がせないか。
どの様に継がせるかは、当事者の人生を左右する問題です。
一時の感情や、常識、義理などに流されてほしくはありません。
事業承継してもよい借金の目安
会社を継がせる前(後継者ならば継ぐ前)に、立ち止まって「本当に継いでも大丈夫な状況か」を見極めることが大切です。
事業承継をした後に「やっぱりやめた」とはできません。
見極めが大切です。
はたしてどれぐらいの借金まで後継者に継がせてもいいのでしょうか。
判断のための「ものさし」を考えます。
貸借対照表から事業承継を考える
まずは、資産と負債を比べます。
たとえば、資産が8000万で負債が5000万円ならば、差し引きすると資産が3000万円プラスです。
単純に考えると、会社は3000万円の価値があるということで、承継することに経済的なメリットがあります。
一方、資産4000万で、負債が6000万という例の会社ならば、価値はマイナスです。
この時点で、事業承継を進めることに対して一旦立ち止まるべきでしょう。
なお、貸借対照表上でプラスの会社であっても、まだ警戒を緩めてはいけません。
「かくれ債務超過」かもしれないからです。
中小企業の場合、決算書の数字と現実の数字に乖離がみられることが普通です。
決算書の内容を良く見せようと、意図的に粉飾などを行っているケースもあります。
また、意図はなくても、結果的に数字がズレてしまうことがあります。
たとえば、過去に買った土地が値下がりしていたり、回収不能な売掛金が計上されていたり、と。
貸借対照表の数字は、現実の価値に引き直さなければ使い物になりません。
そして、計算しなおすと、プラスだったものがマイナスに転落するケースは多々あります。
損益計算書から事業承継を考える
貸借対照表ではマイナスだとしても、もし、会社の稼ぐ力が強ければそのまま事業承継を進めても大丈夫かもしれません。
要は、どんなに借金が多かろうが、それを返せるだけの収益力があれば問題ないということです。
損益計算書で判断できます。
貸借対照表のチェックに続いては、1年間に返済に回せる金額を確認してみましょう。
こちらはざっくりと、「税引き後の利益」+「減価償却費」で計算できます。
もし、節税したいために役員報酬を多く取っているのならば、その超過分もここに加えてもいいでしょう。
この1年の返済可能額と、金融機関から借りている返済額を比べてみたらいかがでしょうか。
約定通りの返済ができる見込みは立ちますか。
一般論では、借金が、年間の返済可能額の10倍を超えるようだと、債権者が貸し倒れを警戒するようです。
普通の融資では、最長の返済期間が10年とされるケースが多いためです。
もし、年間300万円が返済の上限となる会社であれば、金融機関は「この会社の借金は3000万がマックスだ」と考えるということになります。
以上のようなものさしで、借金を約定通り返済することが困難だということが見えたのならば、そのまま借金を継がせることは考えたほうがよさそうです。
このあたりの話は、拙著で詳しく書いています。
よろしければこちらも読んでみてください。
『社長、会社を継がせますか?廃業しますか?』- 誰も教えてくれなかったM&A、借金、後継者問題解決の極意-(翔泳社)
相続放棄でプラスマイナス0にリセット
ここからは「債務超過の会社の事業承継をどうするか?」に話を進めます。
先に重要な概念として、相続と相続放棄について語らせてもらいます。
債務超過の会社の社長は、通常、会社の借金の連帯保証をしています。
それゆえ、社長が亡くなった際、遺族が社長を相続したらこの連帯保証の義務まで引き継ぐことになってしまいます。
たとえば、会社の社長をやっていた父が亡くなったとします。
父には自宅等の資産があったので、配偶者や子供たちは何気なく相続しました。
その後、会社は傾むいて、潰れました。
すると金融機関が、社長の相続人たちに借金の返済を求めてくるようになります。
「だって、あなたたちは連帯保証を相続していますから」と。
こんな事態に陥る可能性があります。
社長の相続人は、うかつに相続してはいけません
もし、借金や連帯保証を加味するとリスクが多き過ぎる場合は、相続放棄も検討したほうがいいでしょう。
少なくとも、相続でマイナスになったという事態は防げます。
なお、相続放棄には可能な期間があり、家庭裁判所への手続きも必要です。
また、相続人のような振る舞い(たとえば、故人の財産の名義を自分に換えたなど)をしたらその時点で相続放棄が出来なくなります。
注意が必要なところです。
分社を使った過大借金の事業承継スキーム
会社の事業承継に話をすすめましょう。
「借金が大きすぎて会社を継がせられない(継げない)」と諦めてしまっているケースが見受けられます。
少し発想を変えてみてはどうでしょうか。
たとえば会社のM&Aの場面でも同様に、「借金が大きすぎて売れない」と、話がとん挫してしまうことがあります。
こんなときに私は、事業譲渡や会社分割などの分社手法を活用することで、突破を試みる場合があります。
会社分割等を使い、会社全体の中から良い部分(相手が欲しい部分)と、邪魔な部分をそれぞれ別々の会社にします。
そして、良いほうの会社だけを譲渡するわけです。
財務内容を含め、会社の中味が整理されます。
買手としては、不要なものがない状態の会社になります。
すると売却実現の可能性が高まります。
事業継承にもこの手法を応用することができます。
継がせたい部分を別会社の会社にする
資産が4000万しかないのに、負債が6000万円ある会社の例でお話しましょう。
たとえば、後継者候補に継がせる前提で、資産4000万円と、それと同等の負債4000万円だけを別会社とすればどうでしょうか。
ここでは、もとの会社(A社)に余分な借金を残し、今後も必要な資産と負債は別会社A´社をに移したとします。
A´社では、資産と負債が同額になるようにしました。
負債のほうが資産よりも大きい債務超過の会社を、後継者に継がせるのは合理的ではありません。
でも、資産=負債までくれば、事業承継の余地もあるのではないでしょうか。
財務内容が優れた会社とまでは言えません。
しかし、後継者としてえは、最初から顧客や従業員、設備などの仕事の基盤が手に入ります。
スタートとしては悪くありません。
ゼロから起業をすることと比較したら、かなりお膳立てしてもらっている状況です。
後は本人の頑張り次第です。
何を残し、何を別会社に持ち出すかは、任意で設計できます。
不採算事業や不要な資産などは残して、本当に必要なものだけ分社することもできます。
そうすればより中味の詰まった会社となり、後継者はより結果出しやすくなるはずです。
会社分割や事業譲渡などの分社手法を使えば、このような事業承継できるかたちを作れる場合があります。
苦しい状況の会社をただ真正面から承継するよりも、ずっと上手な立ち回り方だと思います。
借金の大きさがネックとなって、事業承継をあきらめてしまっているケースであっても、こんな手法を利用することで、多くの会社の廃業を回避できるのではないでしょうか。
分けた後の会社をどうやって承継する?
いいところと、悪いところで会社を分けました。
次は、いかに後継者に会社を承継するかを検討してみましょう。
分社してすぐ事業承継
先ほどの例ならば、資産4000万、負債4000万ならば、会社の株価は単純計算で0円です。
先代社長が株主ならば、良いほうの会社の株式を贈与で後継者に株式をあげても、後継者が1円で買い取らせてもいいでしょう。
これで事業承継は完了です。
ただしこの場合、残った会社(=残った借金)をどうするのかという点が問題になる場合があります。
同じ例を使います。
分社して作った会社は後継者に承継するとして、中身が借金2000万円だけぼ会社は残ってしまいます。
資産や顧客等も抜きとっているため、収益力はない会社です。
そうなると、これ以上の返済はできないということになり、先代社長の連帯保証が問われることになります。
具体的には、個人資産による返済や自宅の売却を求められるということです。
分社と事業承継を前倒しにすると、先代社長の痛みが顕在化します。
すぐに分社&事業承継を行うならば、このあたりを上手く処理できるかが実施のネックとなりそうです。
とりあえず会社を分けておいて、後で承事業継
とりあえず会社を分けておくものの、当面は両社とも先代社長のものとしておく、という手もあります。
月々の借金の返済は、両社で力を合わせてどうにか継続することになります。
こうして時間を稼ぎ、タイミングがきたところで、残すほうの会社は後継者に引継ぎ、要らない会社は潰してしまうという算段です。
分かりやすいタイミングは先代の死亡時などでしょう。
何もしなければ、後継者としては会社を捨てるか、過大な借金ごと引き受けるかという、0か100の選択肢しかありません。
ところが先に分社をしておくことで、「使える部分だけ承継する」というちょうどいい選択肢が生まれるのです。
たとえば社長の死亡時に、良いほうの会社の株式だけ後継者に贈与されるようにしておきます。
これで後継者は、過大な借金部分は切り離した会社を事業承継することができます。
なお、会社(株式)を相続で引き継ぐいでしまうと、先ほど論じたような個人保証の相続の問題になってしまいます。
この後継者への事業承継は遅らせる方法ならば、連帯保証による先代社長の個人の責任が問われるタイミングを遅らせることができるます。
それこそ死亡時に事業承継が起きるようにしておけばどうでしょうか。
債権者たる銀行からすれば、責任を追及してくても「その相手はすでにこの世にいない」ということになります。
借金の大きな会社の事業承継を成功させるポイント
冷静に「できること」を見極める
借金が大きな会社だからといって、あきらめない。
継がせる場合は、どういう状況を作りだせばいいか、考える。
したたかに手を打つためには見たくない現実も見なければならない場合もあるはずです。
一度立ちどまって冷静に見極める姿勢が求められます。
事前に仕込むこと
事業承継を相続の話だと思っている方がたまにいます。
しかし、本来の事業承継対策は、生前のうちから行うものです。
借金が大きな会社における分社スキームとなれば、なおさらです。
先代経営者が亡くなってからでは使えません。
逆に、先代の生前のうちから会社を分けておけば、相続が起きたときに後継者候補は新たな選択肢を得られることになります。
会社を継ぐか継がないかという選択肢のほかに、一方の会社だけを継ぐという強力な選択しも得られるのです。
成り行きに任せて待っているだけでは、ダメです。
先を見据えて自ら意識的に動く。
このポイントが最も大切です。
オープンに話し合って進める
ここで語った取り組みは、経済的合理性にのっとった正当なものです。
銀行を主とする債権者に不当な害を与えようとする意図ではありません。
訴訟になってしまうようなやり方はしてはいけません。
情報を開示し、債権者とも対話をしながら進める姿勢は大切です。
民事再生その他の債務カットスキーム
会社分割などの分社を使ったスキームを紹介してきました。
しかし、オーソドックスな債務カットの手法を使うスキームも考えられます。
たとえば、民事再生法であったり、再生支援協議会関与で債務放棄の協議を行うなどです。
これらの手法も、代替わりをするタイミングで仕掛けるのがベストかもしれません。
事業承継前では、やはり先代社長への責任追及の問題となるからです。
たとえば、先代が亡くなり、後継者が会社を継ぐタイミングで「こんな借金が大きい会社じゃ承継できない。債務カットに応じて欲しい」と主張するわけです。
「後継者が継がなければ廃業や倒産という結末になることと比較すれば、債務カットに協力したほうがいい」と、金融機関が思ってくれれば話がまとまる可能性はあるでしょう。
債務カットスキームの利用は、分かりやすいとこが利点です。
しかし、懸念される点もいくつかあります。
たとえば民事再生法を利用した場合は、会社は倒産扱いにされて、信用を失う場合があります。
今後の借入はおろか、仕入れや外注にも悪影響が出てしまうこともあります。
」
任意の話し合いでやろうとしても、銀行サイドのコンプライアンスの問題や、税金の問題がネックとなることがあります。
経験上は、先にご紹介した分社手法のほうが使いやすいケースが多いところです。
これからの事業承継は会社を整えてから継がせる
借金が大きくなっている債務超過の事業承継というテーマでいろいろ考えてみました。
あくまで机上の空論に過ぎず、実際にやろうと思えばいろんなハードルがあることはたしかです。
それでも発想を変え、事前に準備をすることで、事業継承の実現性は高められます。
分社の使い方次第では、会社の中身を整理することができることをお分かりいただけましたか。
事業承継のタイミングならではのアクションであり、将来に会社が再発展するきっかけにできるものです。
そのまま会社を継がせるのが、これまでの事業継承の常識でした。
しかし、それではどうにもできないケースがたくさんあります。
これからは「会社を整えてから継ぐ」のが事業継承スタンダードになるでしょう。
事業をやっていれば、会社のなかにウミが溜まります。
借金だけでなく、不良資産や不採算事業などもそれにあたります。
これを整理しつつ、必要な部分だけを承継するという発想です。
このような取り組みをズルいと感じる人もいるのかもしれません。
だからといってマイナス要素を後継者に押し付けるのが正しいのでしょうか。
そもそも継ぐ人がいなければ会社は無くなってしまいます。
その時の社会的な損失は大きいことでしょう。
雇用は失われ、長年培ってきた技術は途絶え、取引先やお客さんに損害も与えます。
それと比べれば、後継者が継ぎたいかたち、後継者が継いでもいいと思う会社を作ってあげることは大切だと感じます。
事業承継へのハードルをクリアするために、ポジティブに仕掛けていくスタンスをとっていきましょう。
自ら作戦を描き、主体的に手を打ちましょう。
この記事が、社長と後継者の背中を押すものとなれば幸いです。
借金の大きな会社の事業承継や、社長の相続についての著者への相談は、取り合わせフォームよりご連絡だくさい。
神戸や大阪、東京を中心とした関東で主に活動していますが、相談は日本全国に対応しています。