会社を整えてから社員へ事業承継
製造関連の仕事をしている関西のF社のお食事会に呼んでいただきました。
同社の柏木(仮名)会長(78歳)が引退することになり、これまでお世話になった方々へのお礼の趣旨で催された会です。
「F社をはじめてちょうど30年、経営者の終末を迎えることになりました。
ここまでやってこられたのは、みなさまのおかげです。
本当にありがとうございました」
会長からのあいさつです。
人に対する感謝や礼をとても大切になさる方です。
会長の娘さんからの相談
F社の事業承継を奥村がコーディネートしました。
きっかけは2年前です。
会長の娘さんが私のことを見つけ、相談を申し込んでくれました。
娘さんが父である会長から指名されて社長に就任する前後だったかと思います。
もともと次の方につなぐまでのワンポイントの社長を想定されていました。
後継者候補として他社からスカウトしてきた清水(仮名)さんがいるので、代表権を手渡すまでのリリーフ登板を娘さんにさせるビジョンを会長は描いていたようです。
しかし、娘さんには現場の技術のことなどが分かりません。
経営への不安もあるし、考えれば考えるほど次にバトンをつなげる気がしません。
借金とか個人保証とか、株価とか・・・
「とても私にはできない」と感じて相談に来られました。
僕は、心構えや注意点をアドバイスするとともに、会社分割などの分社を使うことで清水さんに会社を継ぎやすくできると、知恵も伝えたはずです。
今から8カ月前、再び会長の娘さんより連絡がありました。
すぐに清水さんへの事業承継を進めたい、と。
当初は3年から5年かけて継いでいくかたちを想定していたようです。
しかし、そのスケジュールを取りやめ、前倒しで実行したいということです。
「どうにかしよう」と一生懸命耐えてきたものの、相当大変なものがあったと推測されます。
娘さんと今後の進め方などを相談し、まず会長とお会いしてみることになりました。
自分の事業承継はどんな経営者でも難しい・・・
はじめてお会いした柏木会長は、正直、こわかったです。
どっしりとして、顔が笑っているときも目の奥は笑っていません。
「お前は誰だ?」と言わんばばかりに厳しく品定めをしてきます。
会社を長年支えてきただけのすご味があります。
「事業承継のやり方は俺もいろいろ知っているし」と、こちらをガードするような発言もしてきます。
それでも、会長の言葉にじっくり耳を傾け、こちらからも今後の事業承継の見立てを伝えることで、徐々に悪くないと思っていただけたのでしょうか。
早い段階で、奥村が間に入ってF社の事業承継の話をまとめていくことが決まりました。
その後は「先生、どんなもんや?」とちょこちょこ直接電話をかけてくれるようにもなり、頼りにしてもらえていることを感じました。
ちなみに電話がかかってくる時間帯は、朝早いときが多く・・・(笑)
肚は座っているし、経営者としての能力も高かったであろう会長です。
しかし、今回の話については不安や悩みが尽きなかったようでした。
「事業承継のことを考えだしてから、最近よく眠れてないねん」と語ることもありました。
もともと慎重な性格で、ものごとを自分でしっかり理解して進めたい気持ちが強い方です。
それが事業承継というはじめての体験で、しかも継ぐ相手は血のつながらない第三者。
「もう、どうしていいか分からんようになってんねん」と寂しそうに漏らすこともありました。
僕がついていながらそう思わせてしまい、とても申し訳ないと感じました。
大丈夫、事業承継を成功させる道筋は見えています。
それを何度も何度も伝えようとしました。
あれだけの経営者でも事業承継や自分の引退となると、揺れたり悩んだりするのだと、改めて感じました。
事業承継をデザイン
奥村がF社に雇われて、事業承継で担った役割は何でしょうか。
まずは、継がせ方のデザインです。
F社は不動産を持っているので、会社をまるごと後継者の清水さんに譲るとなると株式が高くなってとても買えません。
そこで、事業と資産を別会社に分割し、事業だけを承継できるかたちを作りました。
これならば在庫を買い取るぐらいの金額で事業承継を実現できます。
事業承継をデザインするには、法律や財務への理解は不可欠ですが、それだけでは不十分。
商売のモデルや顧客や取引先との関係性など、経営的な面もしっかりケアしなければなりません。
借金をしている銀行と意見や個人保証の調整をしたり、清水さんの新会社の資金調達も実店させました。
会計や法律や経営・・・と、本来ならそれぞれ別の分野に位置するものを横断して整理や調整するのが私の役割です。
しかし一番のポイントは、結局、人間関係や感情面のケアになります。
株価や税金、法律論に目が行き、案件のスタート時でもそれらが語られる場面が多々あります。
しかし、いざ始めるとなんだかんだと感情論の世界になっていきがちです。
「いくらF社に払うか?」といった、会社を引き継ぐための条件。
さらに過去のいきさつをふまえた「今後の関係性をどうするか?」
これらの問いだって、やっぱり人間感情と切り離すことはできません。
僕は、当事者の間に入って、穏やかに落としどころを見つかられるように努めました。
どんなケースでもここが簡単なことはありません。
今回でも「だったら継がせずに廃業したっていいんだから」という話に傾いたことがありました。
バトンタッチを経て・・・
当初より少し時間はかかったのもの、8カ月をかけてゴールにたどりつくことができました。
清水さんが引き継いだ会社は、最初の月から予想を大きく上回る売上を作ることができました。
清水さんをはじめとする新会社の頑張りがひとつ。
そして、これまで会長が築いてきたF社と顧客との関係性がもう一つの要因なのでしょう。
顧客が新会社の船出を祝福してくれた面もあるようです。
会長はというと、事業承継の目途が立ってから2カ月間、ゆっくりとした気持ちでかつて読んだ本を読み返すことが多くなったそうです。
直江兼続を読み、「家を残すとはどういうことか」を学んだり、と。
経営の一線からは退いても、すぐに新たな使命を見つけて動きはじめたご様子です。
かつて会長は、ご自身の経営論をこう語ってくれました。
「会社は人を大切にしなければならないよ。
とくに中小企業ならば、どんな人材でも力を発揮させなければ。
言い方は良くないがバカでも仕事ができるようになるぐらいじゃないと。
最初から優秀な人はウチのような会社にはきてくれないからね」と。
食事会がおわり会場を後にしながら、会長の奥様と並んで歩きました。
会長の後ろ姿を眺めながら「あの人は、本当に人を使うのが上手でね・・・」と。
そうか、いつの間にか僕もうまく使われていたのかもしれません。
おかげさまで、いい仕事をさせていただきました。
アクションのススメ
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