この会社は新型コロナの影響をもろに受けた業種である。
売り上げはピタリとなくなり、いつまでその状況が続くのかわからない。
社長は50代後半。
3代目で、前社長が退任する際に「社長をやってくれ」と説得されて引き受けた。
経営者になってまだ3年というタイミングでやってきた混乱だった。
従業員の退職金を払いたくない・・・
相談内容としては、すでに廃業の日程まで決めているところで、廃業の具体的な方法を教えてほしいということだった。
銀行に伝えるタイミングや、従業員とのやり取りのアドバイスが欲しいらしい。
なお、M&Aによる買い手探しにも動いているようだが、良い話がこない状況が続いていると言っていた。
そうなるのも当然と言えば当然だろう。
財務内容を見てみる。
もともとの借金が3000万あり、無担保無保証のコロナ融資4000万がこれに上乗せされた。
一方の資産はほぼ現預金ばかりで6500万。
会社の資力だけでは、すべての負債を返済することができないことを意味している。
この先、まだ経費を支払うため資金流出は進む。
また、会社をたたむ際は従業員の退職金も必要となる。
社長は、退職金を支払わないで済ませることに固着していた。
私の見立てでは、退職金を支払ってあげることができなくもなさそうだが、その話にはあまり興味を示さない。
要は、どの支払いを優先させるか順序を考えたところ、退職金の支払いについてはその順位が低いということだ。
一般的に、社長は従業員への支払いだけは何とかしようとするケースが多い。
違和感を覚えて話を掘り下げてみると、こんなことが分かった。
まず、もとからある借金については前社長の個人保証が残っている。
そして、現社長は前社長より「会社にのこっている金で、自分が保証している分の借金を先に払ってなくせ」と命じられていたようだ。
しかし、この状況において、任意の債権者をえこひいきすることになるアクションは難しいものがある。
しかも身内だ。
平等性が害されてしまう。
会社に残った借金の責任は社長が負うのか?
このような懸念点を伝えながら、なぜ、社長は前社長の言いなりになろうとしているのか探った。
その原因は、社長の思い込みにあった。
前社長の言うとおりにやることが、自分の利益にもなると考えていたのだ。
社長は、会社に残った借金が残ったとき、その責任は自分がすべて背負う必要があると思い込んでいた。
そうであれば、前社長の話に乗って、銀行の借金を減らせるだけ減らしたほうがいい、と考えるに至ったのである。
やっぱりわが身がかわいい。
しかし、元からあった既存の借金に対して現社長は個人保証を負っていない。
連帯保証をしているのは前社長だ。
また、新たに負ったコロナ融資の借金は無担保無保証だ。
そうであれば、会社で借金を払いきれなくなったとしても、現社長が個人で責任を負う必要はない。
別に現社長は、従業員と前社長を天秤にかけて、前社長をとろうとしていたのではない。
ただの思い違いをしていたのだ。
破産で裁判所の手に委ねる
私はこのような情報の整理をしたうえで、今後の方針を問うた。
「前社長をとるのか、従業員をとるのかの問題ですね」と。
すぐに結論は出せないようだった。
どちらを選択しても、片方の相手から恨まれることになるだろう。
その重責で自分では決断できないようだった。
そこで助け舟を出すために、別案で「自己破産の申し立も一案だ」と伝えた。
どちらの肩を持つかを自分で決断するのではなく「自己破産であれば、破産管財人や裁判所の指示に従っているだけ」という言い訳ができるのではないか、と考えたのだ。
社長は、その案に乗ってきた。
裁判所による法的手続きの場合、私の業務範囲を超えることになる。
その旨をお話し、代わりの弁護士の先生を紹介する約束をした。