「事業承継セミナーは、うちではもうやっていますから」
まだ駆け出しの頃、ある商工会議所に事業承継のセミナー開催を提案したことがありましたが、「もうやっている」と門前払いを食らいました。。
ところが、実施されていたセミナーの内容は、私の提案した企画とは全然違うものでした。
税理士が登壇し、株価の計算方法と相続税の解説をする手の話だったのです。
それは確かに、事業承継における一つの論点となります。
でも、テーマ全体からするときわめて部分的な話です。
また、相続税の問題が深刻になる会社は、すべての会社の中では少数派です。
この話を聞かされた参加者の大半は「あれ、俺には関係ない話じゃないか」と気づき、後は眠りの世界に入っていきました。
「事業承継の問題は相続税の問題だ」と、認識されていた時代がありました。
これには本当に困ったものです。
事業承継等の会社の着地問題は、とんでもなく広い範囲に関わる話です。
法律、会計、税金は当然です。
会社そのものの命運にかかわるのだから、経営や雇用も関わります。
社長個人の、資産運用や個人保証リスク、保険、退職金、相続というテーマに関わります。
人生そのものが論点と言っても言い過ぎではないでしょう。
そして、多くの人が関わるため、人間感情や心理学とった視点も見逃せません。
会社の着地問題は、全体像から攻略しなければいけないことを意味します。
ある会社では、オーナー社長が亡くなったため、会社を分け、兄弟がそれぞれ社長に就こくことで合意しました。
意向を実現するために、奥村は会社分割という手法を使う企画を立てました。
ところが後日、子供の知り合いの税理士が横やりを入れてきました。
「事業譲渡を使ったほうが得するぞ」と。
たしかに、事業譲渡という手法を使えば、消費税に関する取扱いで得をする部分がありました。
しかし本件では、会社が払う税金だけでなく、故人の相続税も支払うことになります。
そして、トータルで考えれば会社分割案のほうが納める税金は少なくなりました。
もちろん、そこまで考慮して企画を組み立てています。
蛇足ながら追記すると、顧客との関係性を考えても、事業譲渡ではなく会社分割のほうが仕事を切られるリスクを減らせると考慮していました。
このあたりが、部分的な視点と、全体的な視点を持てるかで生じてくる差です。
会社の着地に取りかかる時には、全体的な視点を手に入れなければなりません。
社長にそれがないのならば、外から仕入れるべきでしょう。
部分的な打ち手は、ほとんどその場しのぎの対処療法です。
対処療法では、本質的な問題解決に至らない可能性が高くなります。
それ以上に重たいことは、対処療法に走ってしまったことで、根本的な解決機会を失うことすらあることです。
各分野には、弁護士や税理士、司法書士、社会保険労務士などの専門家がいます。
しかし、彼ら、彼女らの存在だけでは問題解決はうまくいくいかない場合はたくさんあります。
先日は、事業縮小と事業承継を同時に進める企画で、顧問の社会保険労務士とやり合いました。
社労士は、解雇案件として、形式的な面ばかりにこだわります。
しかし、本当の目的は経営上にあり、その一環として、従業員さんに退職を受け入れてもらうことです。
そこで、社労士の意見は却下して、従業員さんと話し合いをはじめさせてもらいました。
問題の全体像から外部専門家の意見の採用・不採用を決定したケースです。
こうした全体的な最適、本質的な問題解決を手掛けなけなければいけません。
大工、配管業者、ガラス業者などがいたら家を建てたれるのか、という話と同じです。
そこに建築家という、全体に目を配りながら、ビジョンをかたちにする人間が、会社の着地にも必要なのです。