残す講義もあとわずかとなりました。
本日は、このヤメ大が終わった後、皆さんがどのような計画を立て、どのように行動していくべきなのか、に踏み込んでまいります。「進路相談」の時間です。
引退にまつわるビジョンやイメージを描いていきましょう。
社長ではなく、一人の人間として考えてみる
人生におけるあらゆる問題と同様、会社の着地問題も、問題と同じレベルにとどまっていては答えが出せません。問題の渦中で「どうしよう、どうしよう」と悩み続けたところで、堂々巡りに陥ってしまいます。
そこで必要なことは、上のレベルから物事を見られるようになることです。
会社の着地問題では「自分自身の人生とは何か?」「これからどんな人生を歩みたいのか?」といったより上位にある問いからの思考を試みてください。事業承継や廃業、M&Aなどの「会社のこと」を直接解決しようとするのではなく、「自分の人生」から取り掛かるのです。
このとき、あなたは「社長」という肩書きや役割を一度忘れなければいけません。そして、一人の人間として、内面を見つめてみてください。
会社のことをどうするかという問いは、しばしば義務感や責任感と結びついてしまい、非常に重たいものに化けます。しかし「自分はこれから、どう生きたいのか」と問うとき、そこには希望や選択の自由があります。
この視点の変化こそが、社長としての終わり方を真に納得できるものへと導いてくれます。自分の生き方が明確になれば、自ずと会社の着地のさせ方まで見えるようになります。
ここから戦略を立てるための7つの質問を用意しました。質問に答えることで、会社の着地方法と、あなたの社長としてのキャリアをいかに締めくっていけばいいのか見えてきます。
Q1「あなたは、いつまで社長を続けますか?」
まずはこの質問です。締め切りがなければ、いつまでも行動を起こせません。よって、制限時間を作ってしまうことが有効です。
高齢になると急激に仕事のパフォーマンスが衰えるときがきてしまうのは仕方のないところ。
厄介なのは、それがいつ来るかがわからないことです。
早い人もいれば、かなりの高齢になってもハッキリした頭脳で経営をこなす社長もいるのが現実です。ただしいずれにせよ、自身のパフォーマンスが落ち込んでから「どうしたらいいか?」と悩んでみても手遅れなのです。その時はすでに追い込まれ、選択肢をほとんど失ってしまっているのですから。
この難問に対処するため、自分で締め切りを設定してしまいましょう。時間はわずかしかないコントロール可能な対象なのです。
「自分の気が向いたら社長をやめる」
こういう社長がよくいますが、気分なんてあてにできません。いつまでもケジメをつけず、ズルズルと先延ばしすることになるのがオチです。
「後継者に任せられると思ったら社長をやめる」
これもダメ。後継者が育たなかったらどうするのですか。人の成長はコントロールできません。
片や「時間」で区切れば、それは明確な基準であって主観に左右されるものではありません。私たちにコントロールできる「時間」を頼りにすることが理にかなっています。
まず、自分が社長をやめるときを決めることが、戦略作りの一歩目です。
実際には、当初決めた時期がズレることもあるでしょう。それでもいいのです。まずは時を決めなければ準備もできません。
Q2「社長を辞めた後、何をしますか?」
続いての質問は、会社の社長をやめた後に何をするかです。
社長をやめたって人生まで終わるわけではありません。あなたはそのとき、何をしていたいですか。会社経営という重責から解放されたあなたは、次に何をしますか。
こう問われてすぐに答えが出ない方も多いと思います。しかし、どうにか見つけておいて欲しいところです。とりあえずの仮置きでもいいので、何か決めておきましょう。
これまで見てきた社長たちを振り返ると、やはり、社長をやめた後にやることを決めている人は、決断がスパッとできるし、前に進む力があります。
逆に「やめたときのことは、やめてから考える」とか「今は考える余裕がない」なんて言っていた社長は、退く決断が難しくなったりします。社長をやめたあとも、急に気持ちの張りが無くなって老け込んだり、時間の埋め方がわからないでイラついたり、と。
人間には生きがいが大切です。
ある哲学者に言わせると、人間の幸せとは「持っているもの」のことではなく、「何かを目指しているという姿勢」のことだそうです。
ヤメ大の最大の目的は、社長の人生をよくすること、納得のいく人生を過ごすことです。だから、会社をどう処理するのかと同等、いやそれ以上に、会社をやめた後の社長の人生がどうなるかが大切です。
会社を手放すこと、社長をやめることには、ある種の喪失が伴います。
ただ社長をやめるだけでは、失う、奪われるというマイナスの感覚ばかりになってしまいかねません。精神的な痛みが強くなってしまうことでしょう。
しかし、社長をやめた後に自分を待ってくれているものがあればどうでしょうか。失うではなく、「次に乗り換える」という感覚になれるはずです。
そうです。社長をやめることを、終着点ではなく、乗り換えにしたいのです。こんな状況を意図的に創っていくことが、社長をやめることの心理的抵抗と折り合いをつけるコツになります。
さて、社長をやめたあと、あなたは何をしましょうか。
Q3「あなたは、会社をどんな風に着地させたいですか?」
個人的なことを先に考えていただいたことで、あなたは「自分は社長である」という感覚が弱まったことでしょう。ここが大事です。ちょっと外の人として、会社を眺められるようになったのではありませんか。
ここでようやく会社について考えることにします。
あなたの素直な価値観に従って答えてください。
自ら着地する場合には、3つの型があるとすでに学びました。廃業、社内承継、M&Aです。
そのうちのどれを、どんなパターンで実現したいですか。たとえば「会社を、従業員の○○さんに引き継ぐことで社内承継を実現したい」とか。
イメージしてみてください。
理想の会社の着地を実施したときはどんな感じですか。たとえば、そのときのあなたの様子はどのようなものですか。会社を継がせた相手がいるならその人の様子は。従業員たちの様子は。周辺のことまでイメージを膨らませてみましょう。
まだ、できる、できないを考える必要はありません。あくまであなた個人の勝手な価値観に従ってください。本音を語ってください。「こうしたい!」という無邪気さを大切に。
Q4「社長でいるうちにどうしてもかなえたいことは何か?」
未完了のままになっている重要なタスクはありませんか。
たとえば、何かの商品開発をしている方が「なんとか発売にこぎつけるまでは死んでも死にきれない」という類のものです。
未完了タスクを残したまま社長をやめることはできません。積極的にあぶり出して、完了させていけるところに置きましょう。
私の例をあげれば、これまでの体験をまとめ、社長の終わりというものを体系化した学びにしたいという希望があります(ヤメ大もその一環です)。やはりこのタスクを成就させないまま終わるわけにはいきません。
みなさんにも、このまま終えることになったら心残りとなってしまうものが、きっとあることでしょう。考えてみてください。
Q5「社長をやめるとき、いくらお金が欲しいですか?」
お金のことにも目を向けてみましょう。
あなたが会社をやめるときに、会社からいくら引き出したいでしょうか。
退職金としてであれ、会社をM&Aで売ってであれ、希望する金額があるのならば確認しておきましょう。そのための準備も必要になるかもしれません。
今すぐ社長をやめたとしたら、あなたはどれくらいの退職金等を手にできるか把握していますか。
とりあえずこの金額は、会社の余剰価値だと思っていただければいいでしょう。
ではその会社の余剰価値はいくらか。
会社の余剰価値とは、資本金や、株式の額面ではありません。それらは会社がはじまったときの元手の額であって、現在の価値を表すものではないためです。
では、何をもって会社の余剰価値とすべきか。勘の良い方は、お分かりかもしれません。
「清算価値」です(覚えていますか?)。
廃業論の講義で学びましたね。清算価値を会社の余剰価値と見ればいいでしょう。
そしてとりあえず、会社の余剰価値をあなたの退職金の上限と見ておいてください。清算価値こそが、いま現在において確実なものとなっている価値だからです。
もちろんM&Aで会社を着地させた場合は、価値はもっと増える可能性があります。通常、M&Aでは清算価値よりも高い値段で会社が売買されるためです。でも今の時点では、それは絵にかいた餅に過ぎません。確実な数字をあてにすべきでしょう。このあたりの話が理解できなかった方は、ぜひ、廃業論の講義を復習しておいてください。
さて、引退時にあなたが手にすることを望むお金はいくらでしょうか。それは、現在の会社の余剰価値(=清算価値)と比較するとどれくらいの差がありますか。
Q6「ビジョンを叶えるために必要な条件は?」
さて、ここまでの問いに対する答えを振り返ってみてください。
あなたの価値観や希望から、社長をやめる時期、やめ方(会社の着地方法)などを考えていただきました。あなたが望むビジョンといったところです。
ここから話は具体的になります。
あなたのビジョンを実現するために必要となる条件は何でしょうか。必要となる「すべて」の条件を考えだしてください。
必要条件をすべて考え尽くすことが重要です。
しかし、どんなに考え尽くしたと思っても、考えきれていなかった状況は出現するもの。それでも、すべての必要条件を考え尽くそうとする姿勢が、現実への対応力を高めてくれます。
夢や希望を頭のなかでぼんやりと描くだけではなく、そのために何が必要かを考える。具体的に考えることで行動が生まれます。現実を変えるのは行動です。
また、必要条件を考えることは、「何が欠けたらビジョンが達成できないのか」を事前に明確にしておくことでもあります。これは便利。必要条件が欠けた時点で、すぐに戦略や計画を見直すことができます。
たとえばあなたが「社長を引退したあとに、配偶者と一緒に世界中を旅する」というビジョンを描いていたとしましょう。
本当にそれは実現できますか。
金さえあれば実現できる、と軽く考える方が多いと予想します。でも、はたしてそうでしょうか。
たとえば、あなたが健康でなければ海外旅行にはいけません。もちろん会社を着地させることができなければ、そんな時間もないでしょう。また、あなたの配偶者がそんなことを望んでいないかもしれません。
「これまで散々家庭をほったらかしていたのに、なにをいまさら。旅行でずっと一緒にいなきゃいけないなんて苦痛でしかない」
これが配偶者の本音かもしれません(本当にあった怖い話)。
社長を引退したら海外旅行というのはよく語られる希望ですが、それですら様々な必要条件があることがお分かりいただけるでしょう。
希望的観測をせず、ものごとを楽観視もせず。冷静に必要条件をあげてみてください。
Q7「何を、いつやるか?」
必要条件をあげたら、それを満たすための具体的な行動を考えてみてください。行動に落とし込まなければ、夢はただの夢です。
やるべきことを書き出してみましょう。
つぎに、やるべき行動をスケジュールに落とし込んでいきます。
何かを変えるためには、行動を変えなければいけません。行動を変えるということは、結局、時間の使い方を変えるということです。
ところが時間はいつも足りていません。気合や根性でどうにかできるわけでもありません。
だから優先順位をつけなければいけません。
ヤメ大で学んでいるようなことは、先送りされがちです。ついつい、目先の仕事を優先してしまうことが多いでしょう。しかし、皆さんだって気づいているはずです。本当に重要なことは何かが。
ヤメ大で扱っているテーマは、社長の人生を大きく左右し、会社の明暗を分けてしまうほどの重大なことです。
だから優先的にやるために時間を捻出しなければいけません。そのためには、別の何かをやめたり、手放したりする必要もあるはずです。
「何をするか?」だけでなく「それをやる時間」までをセットで考えてください。
そもそも、社長をやめなければいけないのか?
社長のおわりを創造するための質問をしました。問いに沿って考えていけば、戦略や計画ができるはずです。
ここで根本に立ち返りたいと思います。
そもそも、社長をやめなければいけないのでしょうか。
途中で社長をやめることなんて考えずに、いけるところまでいく、という考え方もアリかもしれません。生涯現役というやつです。
この問題に対する世間一般の論調はどうなっているでしょうか。
「社長は、早めに会社を後進に譲ってやめるべき」
こんなところでしょう。
私は、こんな発言を聞くと少々カチンときます。自分は安全なところにいながら、きれいごとばかり声高に語る奴らが大嫌いです。「外野は黙ってろ!」です。
社長が社長をやめても、やめなくても、どっちだっていいと考えています。
すべての責任は社長本人が負います。社長は自分の人生をかけて仕事をしているのだから、外野からとやかく言われる筋合いもありません。
社長本位でいい。あなたが心底社長を続けたくて、やめたらもう生きがいをなくして不幸になってしまうというのであれば、死ぬまで社長を続けたって私はいいと思います。
ただし、忠告しておきたいことがあります。まず、生涯現役社長をまっとうすることは、相当に難しいということです。綱渡りの曲芸のようなものです。
繰り返しになりますが、年齢を重ねれば仕事のパフォーマンスはどこかで落ちます。これまで通りの仕事はできません。
それでも社長に代われる存在は他にいないのだから、どうにか会社を操縦し続ける必要があります。
しかもそのときの会社は以前よりも浮力がありません。稼ぐ力が弱まっていたり、借金が増えていたりです。なぜなら社長のパフォーマンスが落ちれば、会社の業績も悪化するのが当然だからです。
大変になりました。自分の仕事の量も質も落ちているのに、会社の状態まで悪くなっているのです。
このときになって「やっぱり社長をやめたい」と思っても、有効な手はほとんど残されていません。「もっと前に手を引いておけばよかった」と悔いても後の祭りなのです。
生涯現役の道は、一度それで進んだら、後になって修正することが困難なことを意味しています。
「俺は生涯現役だから、事業承継なんて考えない」
こんな自分の主義を掲げる社長は、はたしてここまで先のことを見通し、覚悟しているのでしょうか。
そんな人と出会ったことはありません。私には、考えること、準備をすることを放棄したいからこう言って格好つけているように見えました。生涯現役を何もしないことの言い訳につかっているのです。これってどうでしょう。
本当に社長を最後まで続けるにしても、最低限の備えだけは必要です。
たとえば、生涯現役を成就させ、あなたが社長のまま世を去ったとき、会社はどうなるでしょうか。従業員は、お客さんは、取引先は。そして家族はどうなるでしょうか。
何も準備していなければ大混乱に陥ります。会社の関係者も家族も、すごく困らせられることになります。
生涯現役を目指すならば、それを実現できたときの混乱や迷惑、損害をできるかぎり回避する工夫をしておくべきではないでしょうか。
くれぐれも生涯現役と言う言葉を、目の前の問題(後継者がいなかったり、業績が悪化していることなど)から目を背けたり、将来起こることへの備えに対して手を抜く口実にしないでください。
社長にしか味わえない充足感がある
社長をやめるも、やめないも、あなたの自由です。ご自身の価値観と責任で決めてください。
ただ、もし私が、どちらがいいのか問われたら、やっぱり自らやめる道を推奨します。そこには社長にしか味わえない、深い充足感があるからです。
自分でゴールを決めて、やるべきことをやり切ったという達成感。
これまで背負い続けてきた重たい責任から解放される安堵感。
そして、やり切った自分を自分でほめてあげられる喜び。
これらを感じられるって、本当に幸せなことだと思います。これ以上の体験って他にあるのでしょうか。社長をがんばってきたあなただけのご褒美です。
この醍醐味をぜひ味わっていただきたい。そのためには自分でゴールを創っていただかなければいけません。
これまでの私のクライアントの社長さんたちも、やり切った後、みなさんいい顔をしていました。
「自分で自分に、よくやったとほめてあげたいよ」
「俺、はじめて社長らしい仕事ができたよ」
深く充足した喜びが顔に出ていらっしゃいましたね。
社長をやめるも、やめないも、正解はありません。でも、自分でゴールを創って、自分で幕を引くことで、社長という人生を投じた仕事の最後はより美しいものになると思います。
今回の講義はいかがでしたか。宿題は、講義の中で紹介した質問に対する答えを考えることです。
ヤメ大での学びの成果に直結する質問なので、時間をかけてでもじっくり考えてください。
残された講義の時間はあとわずか。次回は相続について語ります。
