西日本にある販売促進の支援事業を行っている会社からの相談だ。
70代半ばに差し掛かる母親が社長を務める会社がある。
後継者も定まらぬところで、子供たちが母と会社のことを心配して私への相談の機会を作ろうとしたことがきっかけだ。
お子さんの一人が拙著の『社長、会社を継がせますか?』を書店で見つけ、それを社長にも読ませたところで「ぜひお会いしたい」と社長も思ってくださったらしい。
ちなみに似たようなパターンで、子供たちは奥村に相談をさせたい、しかし、当の本人である社長がそれを求めていないケースがよくある。
要は、専門家を使って説得させたいという子供の魂胆だ。
奥村としてはこの場合、きっぱりとお断りさせていただいている。
あくまで私の話を聞きたいという人のためにしか時間は使いたくない。
嫌がる人を説得する筋合いなんて私には無いと考える。
会社の従業員は10人ちょっとで、比較的若い人ばかりがいる。
決算書をみると、負債は小さく、純資産はプラスで余裕がある。
さらに本社の底地は社長個人名義なので、実質的にはさらに資産が増加することになる。
この点だけをとっても将来の相続税にも注意をはらっておきたいところだ。
昨年の収支をみると、極端に売り上げが下がり最終的には赤字を計上している。
3年間でこの年だけが大きく落ち込んでいたため、その原因を聞いてみた。
すると、番頭のような立場の人間がいたところ、顧客を引き連れて他社へ転職していったそうだ。
しかし社長は、今の雰囲気は悪くないと言う。
波長の合う従業員とお客さんだけが残り、結果としては質の向上につながったのかもしれない。
売上の回復は果たせないものの、利益率の向上や経費の節減で営業赤字は脱却できる模様だ。
ただし、相変わらず仕事は会社ではなく、担当者個人に付いてしまっているようだ。
同じ失敗を繰り返さないためにも、お客さんが会社と付き合っているように思ってもらえるよう取り組んでいくことも必要だろう。
このような会社であったが、事業承継等については何も決まっていない。
社内承継も、M&Aも、さらには廃業も、すべての落しどころがあり得る状況となっている。
社長の年齢を考えても、早く方針を決めて準備を進めたいところだ。
社長に希望を聞けば、「やっぱり事業は続いてほしい」と願ってきたという。
ただ、どう考え、何から手を打っていいのか分からなかったと語る。
奥村は、「会社をどうするのか?」という問い方を変えてみた。
会社ではなく、『自分の生き方』をどうしたいか?と、社長に問うたのである。
「今のようにフルタイムの仕事は厳しくなってきたけれど、半分くらいの時間で会社とのかかわりを続けたい」
社長は希望を語ってくれた。
週に数回会社に顔を出して、商工会議所などの役員も続けたいとのことだ。
「仕事を完全にしなくなってしまうと、すぐにボケたり、元気がなくなっちゃうでしょ(笑)」
とのこと。
生き方の希望をお聞きしたところで、私としてはこれを最大限実現してあげたい。
『社長の願望』と『会社の利益』
「どちらを優先するべきか?」という論点があると思う。
世間一般としては、会社の利益が先だという意見が多いだろう。
「立つ鳥跡を濁さずで、社長は会社のために潔く身を引くべし」などの意見を頻繁に耳にする。
しかし、奥村は「社長の願望」優先だ。
この仕事をはじめた原点が、会社のためではなく、社長のためにあるからだ。
また「会社のために」という目的を掲げると、話が進行しなかったり、途中でちゃぶ台返しにあうケースが多かった。
一方、社長が自分の人生を大切にして、会社の着地計画を進めていったときは目的地に向けた推進力がある。
なお、社長の願望を優先することが、会社にとってマイナスとなるケースは頻繁にあるものではないと感じている。
話を戻そう。
社長は密度を減らしつつ、ずっと会社に関わっていられることを願っている。
それをかなえるには、社内承継という線を探ることとなる。
M&Aでは、こんな希望に合わせてくれる相手を、そう都合よく見つけることはできないだろう。
候補者として、リーダー格の男性社員の名があがった。
しかし、彼は会社を引き受けることに対しては消去的な態度を示しているという。
過去にさりげなく承継の意思を聞いてみたところ、「とても無理」という感じだったそうだ。
「実は、会社を継がせてもらえないか考えています・・・」
話をしている最中に声があがった。
声の主は、義理の息子、社長の娘の夫だ。
彼は別の大きな会社に雇用されている会社員だ。
今務めている会社を辞めて、こちらの会社に入ることを検討しているという。
もともと、サラリーマンで一生を終えるつもりはなく、どこかの小さな会社を個人で買い取りたいと考えていたらしい。
(なんと、拙著『0円で会社を買って、死ぬまで年収1000万円』も読んでくれていたそうです!)
義理の息子さんに会社を継いだ後の経営的な展望を聞いてみると、まだまだ甘いと言わざるを得ないところだった。
また動機等については、自己都合が目立つところもある。
「社長ならば、柔軟に自分の時間を使えるから」とか・・・
(これは経営が上手くいっていることが前提ですね)
とはいえ、社長をやりたいと手を上げ、責任を背負う意志がある人の出現は貴重だ。
今後準備を進めていくにつれ、考え方や覚悟も深まっていく可能性は否定できない。
今後は事業計画を練りながら、会社を継ぐことの可否や、自分が何を大切にするのかを検討してみることをおすすめした。
同時に、途中で社長に万が一が起きたときのための準備はしておきたい。
話をきいたところ、商工会議所の関係者である税理士に指導を受けながら、公正証書遺言を最近作ったという。
しかし、会社のことが定まっていないのに、社長が個人の相続の話を先に進めることには無理がある。
案の定、内容を拝見したら書き直しが必要になるものだった。
会社の着地も相続も、全体像を見渡しつつ、取り組みの内容と順序をきめなければならないのだが・・・
木を見て森を見ず的な取り組みは、効果を発揮しないどころか、全体からはマイナスの働きをしてしまうことがある。
本件においては、会社の後継者問題の方針が決まったところで、遺言の書き換えることを確認した。