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【事業承継】またひとり、社長を卒業させました・・・

 

ついに事業譲渡の契約書に調印する瞬間がきました。

「会長プレゼントです」と、事業を引き継ぐことになる後継者の方が小さな箱を手渡しました。

開けると黒く光るボールペンが。

僕は「せっかくなのでそちらのペンでサインさせてもらいましょうか?」と提案。

「洒落たこと言いおるわ」と、照れ臭そうに笑いながらそれに応じる会長でした。

 

 

こちらのモノづくり会社では、血のつながりはない第三者が後継者となりました。

ちなみに会長は70代後半、後継者が40代半ばです。

3年前に「こいつを後継者にしよう」と彼に白羽の矢を立て、スカウトしてきたそうです。

 

実は、これまで2度事業承継を失敗してきました。

最初は会長の息子さんを後継者として会社に入れました。

しかし、父である会長との度重なる衝突の末、結局息子さんは逃げるように会社を去りました。

 

次に娘さんを社長にしました。

こちらの場合は、はじめからワンポインの社長として考えていたようです。

会社のかたちができ、スカウトしてきた彼に継がせられる目途が立つまでの数年間。

この間だけをつないでくれればいい、という会長の思惑だったのです。

しかし、娘さんは会長の意図よりもずっと早いタイミングで「これ以上社長はできない」と悲鳴をあげました。

モノづくりの現場が分からない娘さんは、現場と会長との板挟みに苦しむようになっていました。

僕に助けを求めてきたのも彼女です。

こうして、第三者への事業承継を前倒しで進めることになりました。

 

僕は作戦を練り、全体をコーディネートする役目です。

会社には不動産があって、株式をそのまま後継者さんに買い取らせるとなると、億を超えるお金が必要となります。

勤め人の立場だった彼に、そんなお金も、お金を借りられる信用もまだありません。

そこで、別会社を作って事業だけを移管し、後継者さんでも継げるように設計しました。

事業だけならば手が出る金額で取得できるからです。

 

しかし、事業を他社に移しても、会社は不動産と共に残ったままです。

元の会社は、不動産賃貸業の会社に転業し、娘さんが経営することになりました。

 

 

こんな事業承継のデザインをしましたが、どうですか。

さーっと読んでみただけでは、全然イメージが沸かないかもしれません。

会長もそうだったようです。

「どうしたらいいのか全然わからなかった。
先生が提案してきたプランの意味がなんとなく分かるようになったのも、ようやく最近や」と。

同じ話を、何カ月も前から、何度も繰り返していたのですが・・・

やっぱりわかりにくいですよね。

 

会長は、今回の件で「どうにかしなければ」と、ずっと気を揉んでいたいたそうです。

でも、良いアイデアも浮かばず、焦りばかりが先行しました。

寝不足気味の日々が2、3カ月続き、情緒が安定しないときもあったそうです。

「奥村先生と話した後は落ち着いているけど、またしばらくすると不安定になる」と娘さんも言っていました。

そんな父親の姿を見ていると「自分のせいでこんなことになっている」と、罪悪感を覚えずにはいられなかったそうです。

 

 

書ききれないことが、これまでにいろいろありました。

しかし、条件を契約書に落し込んで、調印できるところまで来れました。

僕が深く会社と関わるようになって7カ月。

会長、後継者さん、娘さんの間に入り、意見調整と説明を繰り返してきました。

当初の予定より少し長引きましたが、どうにかかたちにすることができたのです。

 

契約書にサインをし、調印も終えたところで、会長がゆっくりと語り始めました。

資金繰りの大切なポイントやお金の使い方について、自分が思うところをお話されました。

「人を大切にするんだぞ」と、後継者さんに言い聞かしました。

そして、
「お前が上手くやってくれることが、俺の残りの人生の夢や」とも。

 

調印が終わったあと、僕は会長からランチに誘われました。

その前に、年配の税理士さんにあいさつに行きました。

会長が起業する時にお世話になった先生だそうです。

それから二人で会食をしました。

 

「35年やってきた会社だからなぁ・・・」

子供に承継できなかったこと。

第三者だった人に継いでもらえたこと。

人生そのものだった会社から自分が離れること。

いろんな感情が絡み合っているのでしょう。

そして、この事実を受け入れるまでに、他者では想像できない葛藤もあったのだと思います。

僕が理解しきることなんてとてもできません。

あくまで他者。

会長と長い時間を共有してきたわけでもありません。

ただ、この瞬間に寄り添っていられたことは、とてもうれしいことでした。

 

会話は、自然と相続のことになりました。

会長も気にしていたようです。

事業は承継できても、まだ会長個人の資産はいろいろと残っています。

いつかやってくる相続にも備えて、法的な手続も税金のこともケアしておきたいところです。

 

「先生は続けてやってくれるんか?」と。

もちろん喜んで。

まだお付き合いを続けさせてもらえそうです。

ニコリとする会長。

「安くたのむで!」

この一言だけは忘れません・・・(笑)

 

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この記事を書いた人

奥村 聡(おくむら さとし)
事業承継デザイナー
これまで関わった会社は1000社以上。廃業、承継、売却・・・と、中小企業の社長に「おわらせ方」を指導してきました。NHKスペシャル大廃業時代で「会社のおくりびと」として取り上げられた神戸に住むコンサルタントです。
最新著書『社長、会社を継がせますか?廃業しますか?』
ゴールを見すえる社長のための会【着地戦略会】主宰

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