「中小企業の社長の高齢化が止まらず、事業承継が進んでいない。その原因のひとつは、借金の個人保証によるものだ」
このような論点で、「経営者保証に関するガイドライン」において事業承継に焦点をあてた特例が作られました。
事業承継デザイナーの奥村聡の目線で解説してみましょう。
『経営者保証に関するガイドライン』は、本当のところ使えるの!?
「経営者保証ガイドライン」の活用で、要件が整えば“事業承継時に保証を解除出来る可能性がある”ということです。
奥歯にものが挟まったような言い方をしなければいけないのは、あくまで「経営者保証ガイドライン」は法律ではないということです。
債権者に対する強制力はありません。
お上は、ガイドラインを使って後継者の個人保証が免除されれば、ちまたの事業承継がより進むという思惑なのでしょう。
ただ、本当にそうなのでしょうか。
私の知る限りでは、このガイドラインに該当するケースで「後継者が個人保証さえ追わなければ事業承継が進んだのに・・・」といったケースはほぼありません。
(このありは後述します)
一方で、金融機関に対しては効果を生むかと期待する面もあります。
金を貸しているという立場を使って「そりゃないだろう」という条件を提示されたことが過去にはありました。
後継者の信用力不足を理由に、先代の保証を外さなかったり、過度な担保を取り続けたり・・・
こんな不合理の是正につながるとありがたいところです。
「経営者保証に関するガイドライン」×実務家目線
「経営者保証に関するガイドライン」の中身に切り込んでいきましょう。
とはいっても、ここで制度の内容をすべて解説することはいたしません。
もし制度の中身を正確に知りたい方は、経営者保証に関するガイドライン研究会によるレポート『事業承継時に焦点を当てた 「経営者保証に関するガイドライン」の特則』などを参考にしてください。
この記事では制度そのものの紹介は簡単済ませ、そのうえで実務家目線での解説をさせていただきます。
要は、本当のところ使えるの!?です。
経営者保証解除の要件
まず「経営者保証ガイドライン」の事業承継時の特例に提示されている、経営者の個人保証の解除の要件を押さえてみましょう。
事業承継時に、経営者保証を解除する為に必要とされる経営状態の要件が「経営者保証ガイドライン」に3つ提示されています。
①法人と経営者(個人)との関係の明確な区分・分離
②財務基盤の強化
③財務状況の正確な把握、適時適切な情報開示等による経営の透明性確保
分かるような、分からないような・・・という感じだと思われます。
もう少し具体的に見て行きましょう。
「①法人と経営者(個人)との関係の明確な区分・分離」
まず、「①法人と経営者(個人)との関係の明確な区分・分離」です。
もともと個人保証の商慣習がはじまった理由のひとつに“中小企業の社長は会社の金を好き勝手にできる”というものがあったはずです。
お目付け役はほぼ存在しないも同然です。
社長がその気なれば、会社の金を自分に貸して、その金で遊ぶこともできます。しかも、その財源は銀行からの借金だったり、と。
このように、中小企業では個人としての社長と会社との境界が不明確になりやすいところです。
個人保証は、銀行が社長につけた首輪という意味合いがありました。
要件①は、「会社と個人を明確に線引きをしない限りは個人保証を外すことなんてできませんよ」という意図となります。
「②財務基盤の強化」
次に、「②財務基盤の強化」です。
要は、「十分に今の借金を返せないようならば個人保証を外すことはできない」という意味です。
この要件を満たすには、借金に対して十分な資産を有していること。
利益が出ていて、金融機関の定める約定返済をクリアできる見込みがあることなどが求められることになるはずです。
場合によっては担保力も見られるかもしれません。
逆に「②財務基盤の強化」の要件を外しているケースを考えてみれば、より分かりやすくなるでしょう。
たとえば、「債務超過」。
資産よりも負債のほうが大きくなってしまっている会社は、財務基盤が弱いと判断されることでしょう。
また、返済猶予、いわゆるリスケジュールを受けている会社もダメだと思われます。
要件②は「借金をちゃんと返せる状況ならば、社長(後継者)の個人保証がなくてもいいよ」という意図になります。
「③財務状況の正確な把握、適時適切な情報開示等による経営の透明性確保」
最後は「③財務状況の正確な把握、適時適切な情報開示等による経営の透明性確保」です。
オープンに情報を開示する姿勢と、それを可能にする財務管理システムが構築されていることが要件となるのでしょう。
「経営者保証ガイドライン」では、上記の3つの要件が揃っている場合、社長の個人保証を外せる可能性があるとなっています。
また、制度を機能させる仕組みとして「経営者保証コーディネーター」という専門員が用意され、相談に乗ったり、金融機関との話し合いに同席してくれたりするようです。
経営者保証コーディネーターが関わるものについては、信用保証制度の保証料の軽減も受けられる、ということにもなっています。
「経営者保証ガイドライン」を現実的に考えてみる
さて、ここまで「経営者保証ガイドライン」をざっくりご説明してみました。(かなりおおざっぱな説明でしたので、興味がある方は原文にあたってください)
この先は、この分野の現場の実務家として思うところ、危惧するところを書き出してみたいと思います。
「経営者保証ガイドライン」の利用の是非についての参考になれば幸いです。
所詮、ガイドライン
「経営者保証ガイドライン」は文字通り“ガイドライン”です。
強制力を持つ法律ではありません。
となると、効果を鵜呑みにしないほうが身のためでしょう。
この話を進める前に、個人保証に関して金融機関が置かれている立場をお話しさせていただきたいところです。
実はすでに、金融機関に対して『二重保証』が原則禁止されています。
かつては、事業承継のタイミングで、先代社長と後継者の2人の保証が取られることがありました。
後継者に信用や担保力がないため、一線を退いた社長の担保を銀行が外そうとしなかったのです。
しかし、保証が残るようでは引退した社長は気が休まりません。
「保証が切れないのだったら社長は辞められない」という経営者が出現しても不思議ではないところ、そうなると事業承継の循環を阻害しかねません。
金融機関に対して、やり過ぎだという批判があがりました。
優位な立場の濫用です。
そのような経緯で、銀行は原則1人しか保証人をとれないということになったのです。
ついでにお話すると、銀行が第三者保証人をとることへの風当たりも厳しくなっています。
第三者保証人とは、経営に関与していないのに借金の保証だけをさせられる人です。
会社の借金を保証するメリットもなく、あまりに酷な立場でした。
それはひどいということで、こちらも批判の対象となったのです。
もし、社長が事業承継を済ませて引退すれば、第三者となります。
すると、銀行としては先代社長に借金の保証をさせ続けることが難しくなります
もちろん第三者保証人になってしまうからです。
話を整理してみましょう。
・銀行は一人しか保証人を取れない
・しかも第三者に保証させることは困難
すると、事業承継後の保証人は、基本的に後継者しかなり得ないということになります。
このベースがあるうえで、さらに「経営者保証ガイドライン」では、後継者の保証すら外せと要求しています。
これが銀行にとって簡単に飲むことはできる条件なのか、想像してみてください。
私が銀行サイドの人間ならば「そこまで譲歩させられなければいけないのか」と遺憾に思うことでしょう。
ここまで考えると、「経営者保証ガイドライン」に定められているからと言って、簡単に保証が外れるものと高を括るのはあまそうな気がしてきます。
制度のパンフレットには「事業承継時の経営者保証を不要とする新しい制度ができました。」と大々的にキャッチコピーが載せられていました。
こんなに言い切っちゃって大丈夫なの?と、こちらが不安になります。
ちなみに、パンフレットの別のところにすごく小さな文字で「※経営者保証解除に関する最終的な判断は、金融機関となります」と責任逃れの文言もしっかり載っております。
所詮、「経営者保証ガイドライン」はガイドラインなのです。
あまり過信してはいけないということでしょう。
経営者保証コーディネーター関与による懸念
経営者保証ガイドラインを運用するために、経営者保証コーディネーターの関与が想定されています。
想定どおりに事が進めば一定の効果を発することでしょう。
でも、悪い方向に作用する懸念もあります。
おそらく、保証外しを要求する前に、コーディネーターの指図により事業承継計画や事業計画を作らされることになると思います。
往々にしてこの手の取り組みでは、時間を無駄にさせられます。
形式を合わせるためだけに、数字合わせの計画書を作ったらされたり、報告等の事務作業に忙殺されたり・・・
『時間』という補充の利かない重要資源のロスを甘く考えてはいけません。
計画も本気で作れば価値がありますが、魂のないものに手間を掛けさせられている場合ではないのです。
また、銀行の立場になってみましょう。
経営者保証コーディネーターが突然横から入ってきて、「保証をはずせ」と要求されることになります。
不愉快な思いをさせることになり、下手を打てば、どこかでしっぺ返しをくらうことにつながるかもしれません。
銀行との付き合いは、保証が外れたら終わりではないのです。
それを、過去のいきさつや、今後の銀行取引に興味のない者の介入で、波風が立てさせられるケースを危惧します。
「経営者保証コーディネーターを連れてくる前に、先に相談してくればいいのに・・・」
これが銀行の本音だったりするのではないでしょうか。
ガイドライン無しでも保証は外せる!?
もしかしたら勘違いされている方がいらっしゃるのかもしれませんが、この「経営者保証ガイドライン」がないと社長の個人保証は外せないというわけではありません。
任意で、双方の合意をもって個人保証を外すことは可能です。
現に私のクライアントの会社でも、「経営者保証ガイドライン」が制定される前に保証外しに取り組み、成功してきたケースがあります。
となれば、「経営者保証ガイドライン」を使わないで、個人保証をはずす試みも一案だと考えられませんか?
普通に債権者たる銀行に、「うちの会社は事業承継を進めるんだけど、後継者の保証は免除してくれない?」と相談を持ち掛けるのです。
あくまで任意の話し合いというスタンスです。
「経営者保証ガイドライン」は手持ちのカードです。
カードの存在をちらつかせてもいいのですが、話し合いによる合意を引っ張り出すことが狙いです。
この方法ならば、経営者保証コーディネーターに状況を乱されることがなくなります。
無駄な事務作業に時間を取られることもありません。
銀行サイドからしても、経営者保証コーディネーターに関与されるより、柔軟な対応ができるはずです。
もし、これでダメなときは、本当に「経営者保証ガイドライン」を使えばいいでしょう。
根回しをしたのだから、失礼にはあたらないはずです。
おそらく事業承継の促進をもたらさない・・・
後継者の個人保証を外せる場合の要件をもう一度見てみてみましょう。
要は「会社と社長個人の分離ができていて、会社として借金を十分に返済できる力があるならば個人保証を外してもいいよ」ということです。
後継者の立場で考えれば、こんなコンディションの良い会社ならば、継いだところでなんの問題もないはずです。
そのうえ、保証まで免除してもらえるとなれば・・・かなり甘やかしてもらっていると感じなくもありません。
私が、この制度が事業承継の促進にはあまりつながらないと考える理由はこのあたりにあります。
良いコンディションの会社なんだから、後継者が継がない理由はないわけです。
もし、そんな状況なのに「個人保証が不安だから・・・」といってためらう後継者がいるのならば、覚悟がなさすぎます。
経営なんてやめてほうがいいでしょう。
もともと継がれるべき会社なんだから、こんな制度を改めて作ったところで、成果に差はほとんどでないはずです。
あるとしたら、「せっかくだし事業承継のタイミングを早めようか」というくらいではないでしょうか。
会社と社長が切り分かれていて、借金返済に問題がない会社だということは、個人保証がそもそも不要だったという意味です。
保証が不要となるのが当然であり、その当然を「経営者保証ガイドライン」がわざわざ明文化しただけだとも言えます。
要件に当てはまらない会社はどうするのか?
本当に事業承継の問題が切実な会社は、この「経営者保証ガイドライン」の要件に該当しない会社です。
借金が大きすぎたり、返済可能な利益を出せていなかったりする会社です。
事業承継を考えなければいけない中小企業には、こちらの会社のほうがきっと多いことでしょう。
こちらのタイプの会社の場合、継ぐかあきらめるのかの判断を慎重にしなければいけません。
仮に、チャレンジする場合には相当工夫をしなければいけません。
下手を打てば、会社ともども後継者は地獄に堕ちます。
本来助けが必要な会社にとって、「経営者保証ガイドライン」が実は何の助けにもならないというジレンマがあるのです。
全体的な視野を忘れずに!
以上、事業承継にまつわる「経営者保証ガイドライン」について思うところを好き勝手に書かせていただきました。
最後に注意を喚起したいのは、社長の個人保証の問題は、全体から見れば部分的な問題に過ぎないということです。
事業承継を含めた会社の着地問題を攻略するには、全体を考慮した上での根本的な解決策が求められます。
そういった意味で、「経営者保証ガイドライン」は道具のひとつでしかありません。
過度な期待をして落とし穴にはまらないようにしないようにしていただきたいところです。