後継ぎへの事業継承について、社長の非協力的な姿勢を非難する声がよく聞かれます。
たとえば、社長の秘密主義。
会社の資産や負債の状況、さらには社長が会社から受け取っている役員報酬額などの経営の根幹となる情報を、後継者が教えてもらえない、というケースがあります。
もちろん会社の真の姿が見えないと、後継者は準備できません。
では、なぜ社長は情報を隠すのでしょうか。
ケチだから?
性格が悪いから?
そんなケースも皆無ではないのかもしれませんが、あまり多くはないでしょう。
私が多いと感じる原因は、社長が何らかの「恐れ」を抱いているパターンです。
社長も本当は情報を伝えたほうがいいと思っている。
でも、「恐れ」がそれを止めてしまうのです。
しかもその「恐れ」を、社長本人も気づいていない場合がほとんどだったりします。
こんなケースがありました。
社長と私は、今後の会社の事業継承について継続して話し合っています。
社内にいる息子に会社を継がせるという方針は、決定しています。
では、そのゴールに進んで行くため、より上手にバトンをつなぐため、何をするか。
「息子とじっくり話し合い、本音を聞いてみる」
「会社の数字をオープンにして勉強させる」
こんなアイデアが出て、実行するという決定に至りました。
ところが、社長はやってくれません。
息子の本音を聞くという宿題のときは、相手の話を聞かずに「経営とは何か」みたいな話を一方的にしてしまった、と報告がありました。
ちなみに息子とのやり取りは、いつもこのような感じになってしまうそうです。
数字を伝える宿題も、結局やっていません。
理由を聞くと
「数字を知ったら、いろいろ迷わせてしまって良くないと思った」
と、社長は述べました。
このようなことが何度かありました。
どうやら、後継者である息子さんと腹を割って話すという場面になると、行動が止まってしまうようです。
そこであるとき私は、ストレートに社長に質問してみました。
「社長、これまで何度かこういう傾向があったんですけど、何か思い当たる原因はありますか?」
社長は驚いた表情をしました。
それからしばらく無言の時間が流れました。
「自覚していなかったけれど、確かに言われてみるとその通りだ・・・」
最後は、言葉を絞り出しました。
一緒に原因を探りました。
見えてきたのは、息子さんに「格好悪いところを見せてしまうこと」への恐れでした。
会社の真の業績を知られることへの恐れ。
本音で話をしたときに、ボロが出てしまう恐れ。
こんな恐れがあったようです。
自分を守ろうとするプライドの裏返しだったのかもしれません。
息子さんとオープンなコミュニケーションをできなかったのも、会社の経営状況を伝えられなかったのも、この恐れが悪さをしていたためでした。
「まさか自分がそんな恐れを抱いていたなんて、まったく気づかなかった」
コーチングセッションの最後に、苦笑いを浮かべながら社長は感想を語りました。
自分でそれに気づけたことが、問題解決への大きな一歩です。
「後継者とコミュニケーションをとるべき」
「後継者に会社の数字を見せるべき」
正論を声高に吐く人がたくさんいます。
でも、いくら正論をぶつけても何も変わりません。
コーチングが問題解決への一歩となるケースでした。