現場の肌感覚で無責任に語る
事業承継に対する支援制度の中の「事業承継・引継ぎ補助金」について感じたこと、考えたことを書いてみようと思った。
結果、長く、かなりマニアックな話になった。
一般向けではない。
なお、私は現場の人間だ。
社長から「会社をどうしようか?」と相談が寄せられ、一緒に考えて行動計画を立案し、実行まで支える。
結果として、社内での事業継承となることがあれば、他社への売却という道をたどることもある。
そして、廃業という選択をとり、リセットの道を進むこともある。
中小企業の末路を包括的に支援していると言えよう。
こんな現場で得た肌感覚だけをたよりに意見を述べる。
研究者でも、公的支援の立案者でもないので、理論の不備等はご了承いただきたい。
補助金の効果は弱いと思う理由
「事業承継・引継ぎ補助金」がはじまった経緯
国は中小企業の事業継承支援のため、会社の売却(M&A)にかかるコストに補助金を出してきた。
たとえば、会社を売るために仲介会社に支払った成功報酬600万のうち、400万が補助されるような具合だった。
今後も続くようだ。
この企画の意図は、次ようようなものだったと予想する。
・中小企業の廃業が増えている
↓
・M&Aを増やすことで、廃業を止めよう
↓
・M&Aの仲介手数料に補助をだすことで問題解決できる
実際、会社売却の仲介手数料は、小さな会社にとっては「高い!」という印象を与えるものだった。
最低額でも2000万というのは特別なケースではない。
安いケースでも1000万円以上というのが、普通の相場だろう。
国は、この手数料が、「第三者への会社売却が増えないボトルネックになっている」と考えたと思われる。
補助金で売れない会社まで売れるようになることはない
私は、会社売却の手数料に補助金を投じることの効果は薄いと感じている。
ひとつに、M&Aの世界では、基本的に良い会社しか売れないことだ。
買い手が「欲しい」というような良い会社は、別に補助金が無くても売ることができるだろう。自力で道を拓く力もある。
私の感覚では、こんな売れる会社は全体のうちごく一部しかない。
多くは、そうそう売れない会社だ。
借金が溜まっていた李、利益が出ない状況にある。
良い会社は補助金なんて出さなくても売れるし、大半を占めるコンディションの良くない会社は、補助金を出したところで売れるものではない。
「廃業する会社の6割は黒字」について
それはおかしい、「廃業する会社の6割は黒字」のはずだ、という反論があるかもしれない。
この「廃業する会社の6割は黒字」というデータは、廃業阻止論の中心的な論拠なのだろう。
この数字は一人歩きするようになり、たびたびお目にかかるようになった。
ここには、とても違和感がある。
どこで、どのように取られた統計なのだろうか。
たとえば、「国税庁統計法人税表」(2019年度)によると、赤字法人率は65.4%だそうだ。
この2点を整理すると、全国の法人の65%は赤字なのに、廃業する会社にかぎっては6割が黒字だったという逆転現象が起きていることになる。
鵜吞みにはできない。
廃業を検討している会社のほうが業績がよいというのは、経営現場の感覚では受け入れがたい。
乱暴な言い方だが、中小企業において利益は操作可能な対象である。
入札や銀行融資の関係で、どうしても赤字にできないため表面上の黒字を保っている会社などざらにある。
「廃業する会社の6割は黒字」という話は、机上の統計と現場のリアルの乖離を感じさせる。
会社売却の動機にならない
話を、補助金の効果の弱さに戻す。
日頃からたくさんの社長と本音で語り合う身としては、「補助金が出ているから会社を売却しよう」なんて考える人はほぼいないと断言できる。
補助金を出してもらえるということと、会社を売る、やめるというのでは、ことの重要性のレベルがあまりに違うのだ。
社長は人生をかけた選択をするのである。
今、補助金が出ているかどうかなんて些細な話でしかなく、その有無が会社の売却数を押し上げるとは思えない。
補助金を出すことでM&A業界が過熱し、需要が喚起される面は完全には否定できない。
それでも全体的に見たら、焼け石に水だろう。
廃業が増えているのは全体構造からの結果なのだ。
利益が出しづらい経営環境。
子供の人数が減っていること。
家業より、個人として自分の生き方を優先するようになった風潮。
他にも様々な要素が組み合わされたうえでの結果である。
そこに税金を多少投じたところで、全体の大きな流れは変わらない。
むしろ、補助金の投入による市場原理をゆがめる副作用や、手続きが煩雑になることで、ものごとがスムーズに進められなくなることのマイナスを懸念する。
廃業を悪とする前提を問う
現場の判断を軽んじていないか
では、会社売却の仲介手数料に補助金を出す以外の方法はないのだろうか。
それを考える前に、もう一度前提に立ち返りたい。
廃業が増えることは、本当に悪なのだろうか。
私は、廃業を悪だとは考えていない。
まず廃業は、現場の社長たちがベターな選択だと考えて行動した結果である。
廃業を悪と決めつけることは、現場を担う社長がおろかな選択をするという認識に立っているということになろう。
廃業も、社長が散々悩み考えたうえでの選んだ道である。
そうせざるを得なかった状況だったのだと受け止めるほうが、理にかなっているのではないだろうか。
責任を一人で背負っている社長の選択に対して、外の人間がとやかくいうのはおかしいという思いもある。
社長の責任と判断を尊重してあげて欲しい。
雇用や技術の喪失に対して
「廃業により、雇用や技術が喪失してしまう」
これは廃業を悪とする立場からよく聞かれる意見だ。
しかし、市場は調整機能を持つものではないのだろうか。
たとえば、どこかで雇用が無くなっても、他の会社で新しい雇用が生まれる。
こうして新陳代謝が進み、健全性が保たれていくと考える。
私はこれまでたくさんの廃業の相談を受け、実行するための企画を立ててきた。
その経験上、最初から最後まで純粋な廃業だったケースというものは、実は少ない。
大半は事業譲渡的な要素が加わるのだ。
廃業を進めるには、仕事を終わらせて、従業員を解雇し、設備を売却しなければいけない。
その際、いずれにしても対処や処分をするのならば、まとめて引き取ってもらったほうが都合がよい。
そこで、顧客や従業員、設備などをパッケージ化して他者に引き継いでもらうことを模索する。
在庫や設備を二束三文で売ることや、ともに働いてきた従業員を断腸の思いで解雇するよりずっといい。
継ぎ手としても、仕事や資源や人手が一気に手に入るのだから美味しみがある。
こうなると事業譲渡と変わりなくなる。
廃業でありつつ、部分的なM&Aでもあると評価できよう。
廃業の現場では、大なり小なり、このような価値を他に承継するアクションが取られている。
これでも廃業による社会的な価値の喪失を嘆くべきであろうか。
むしろ、価値あるものは引き継がれ、古く価値を失ったものは廃業を通じて捨てられることで、地域経済の風通しが良くなることにつながると感じる。
「廃業=悪」というイメージは変わるのではないだろうか。
廃業はリセットであって、それ自体良くも悪くもない。
あるとすれば、廃業のやり方の上手い、下手があるだけだ。
「廃業は悪いことだから止めなければいけない」という前提を捨てることを提案したい。
着地に向かって背中を押していく
たとえ廃業からはじまってもいい
支援現場では、廃業の話が動きだしたことで、結果的に、会社を丸ごと他社に売ったり、会社を従業員が引き継ぐことになったケースも多い。
たとえば、社長が「もう廃業しようと考えている」と言い出したことが契機となり、従業員サイドが「だったら私たちにやらせてください」と、承継の話が動き出したケースがある。
このような動きに私は可能性を感じる。
社長が、会社の始末について動き出すことが大切なのではないだろうか。
私は、自分の会社に始末をつけることを「会社の着地」と呼んでいる。
着地のパターンには、社内での継承や第三者への売却、そして廃業も含まれる。
いずれにせよ、社長がけじめをつけるべく、会社の落しどころを見つける取り組みだ。
社長が会社を手放すことでもある。
先のケースは、社長が会社を着地させるべく動き出せば、あとは落ち着くところに落ちつくことを教えてくれる。
最初は廃業の意向であってもいいのだ。
これを、廃業を悪とし、廃業パターンだけを除外しようとしたら全体が滞ってしまう。
廃業でも、誰かへの継承でもいい。
会社の着地問題への決着をつけようとする社長の姿勢を奨励するべきではないだろうか。
社長の新陳代謝が起きていない
会社を手放さない、手放せない社長が大量にいること。
事業継承の不順や廃業増加にまつわるテーマで、最大の問題点はこれだと私は考えている。
廃業の割合が増えていることでも、会社売却の手数料が高いことでもない。
年齢を考えたら、とっくに会社の着地問題に決着をつけていなければいけない。
しかし、社長を交替することもしなければ、誰かに譲ってもいない。
さらにはたたんでもいない。
世の中が、前にも後ろにも進まないこんな高齢の社長だらけになってしまっている。
これでは地域経済は重たくなってしまうのも当然だろう。
中小企業を担う社長が高齢化しているのに、循環が起きないで滞っている。
問題の前提とすべきは、これではないだろうか。
対話がキーになる
私の考えが間違っていなければ、やるべきことは「自社の着地に対して前向きになってもらうこと」だ。
この実現アイデアは、いろいろ考えられるだろ。
私ならば、社長が対話できる機会を作りたい。
他者との対話によって自分を見つめ直し、思考を整理するのだ。
社長が本当にやりたいこと、やるべきことに気づいてもらうことにもつながるだろう。
そうなると対話の相手は、コーチングやカウンセリングなどの対話スキルを持った人間がふさわしい。
補助金のような分かりやすい支援策からすると、あいまいでソフト過ぎる印象かもしれない。
しかし、結論ありきで、第三者が意図したとおりにやらせようとしても、こういうのはうまくいかない。
あくまで自主的な動きを引き出すことだ。
そもそも民間の経済活動に対して、官はできるだけ介入しないほうがいいという見地に立つところでもある。